勝負師の魂の記事 (1/1)
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- 2022/08/20 : コズミックエンジェルズ賛歌
- 2022/08/19 : 花村元司の絶局と森下卓との師弟愛
- 2021/10/21 : 「元祖イケメン棋士」真部一男の知られざる逸話
- 2021/03/11 : 中年の星、木村一基九段の「百折不撓」人生
- 2021/03/11 : 【惹かれ合う心】タムとジュリアの物語(敗者髪切りマッチの裏側)
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羽生、驚愕の全勝

全盛期の羽生であれば、全勝という結果にも誰も驚かないが、ここ数年、不本意な成績に甘んじていた羽生の突然の復調にファンは熱狂した。
2018年に最後のタイトルを失って以来、無冠の状態から這い上がれずにいた羽生。齢五十を過ぎて限界説まで囁かれていたが、そのような杞憂を払拭した格好となった。
豊島相手に完勝

羽生VS豊島戦は豊島の序盤構想の失策を咎めた羽生が37手目にして大きなリードを奪い、終局まで大差を保ち続けて逃げ切った。
絶望的な状況に置かれながらも、豊島は簡単には土俵を割らず、持ち時間4時間の全てを使い切り、羽生が一手でも間違えれば一気に紛れる局面に誘導して、数パーセントに満たない逆転の可能性に賭けたが、今回の大チャンスを逃せば年齢的に次のチャンスがもう巡ってこないかもしれない羽生はなりふり構わず「安全な手」を指し続け、最後は「激辛流」の指し手(攻め合ってもすぐに勝てるにもかかわらず、万一の逆転を警戒して敢えて攻めず、絶対に負けることのない受けの手)を連発して完勝した。もしかしてこの王将戦が生涯最後のタイトル戦になるかもしれない。一世一代の大勝負である。鮮やかに勝つことよりも確実に勝つことを選んだ羽生は勝勢になった後も小刻みに時間を使い、万一の読み抜けに備えてこのうえなく慎重に戦って完勝した。
現棋界の勢力図

今の将棋界は8つのタイトルを藤井五冠、渡辺明名人・棋王(写真)、永瀬拓哉王座の三人で分け合っている。この三人をかつてのビッグタイトル保持者、豊島が追う展開となっていて、その他の棋士は檜舞台の蚊帳の外に置かれている。
叡王を除く全てのタイトルで永世称号を獲得した羽生は通算タイトル獲得数が歴代1位の99期まで伸びていた。年齢的にピークはとうに過ぎているが、引退までにもうひと花咲かせて、タイトル獲得数を3桁の大台に乗せられるかどうかということにファンの関心が集まっていた。
しかし、何年も不振が続く羽生を見て、大半のファンはこの大記録の達成を諦めかけていた。
時代の終焉
無冠になってからの羽生は精彩を欠いた。2020年には竜王戦の挑戦者になったものの、当時の豊島竜王に1勝4敗で敗れ、タイトル100期の夢は儚くも散った。今年の3月にはトップ棋士の象徴とも言えるA級(トップ10)からも陥落して、あたかも一つの時代が終焉したかのように見えた。
羽生が無冠の帝王になってからの数年間は何一つ目立った活躍がなかった。アキレス腱炎による歩行障害や無菌性髄膜炎による体調不良も勝率に響き、今までの実績からは考えられぬほど負けが込む状態が恒常的に続いていた。
AI革命
往年のスター棋士の勢いに翳りが見え始めた頃、将棋界には才能豊かな若手棋士が急に台頭してきた。藤井と研究会で凌ぎを削る永瀬王座(写真)は所有するタイトルの数では渡辺名人の後塵を拝するが、棋士の真の実力番付とも言われるレーティングでは藤井に次ぐナンバー2の地位にある。
将棋の研究に余念がなく、あらゆることを犠牲にしてでも強さを追求する永瀬のストイックな生き方は「軍曹」というニックネームを彼に与えた。
ここ数年でAIが発見する新手により、将棋のあらゆる定跡が塗り替えられた。
一つの定跡がすっかり変わった後、別のAIが別の新手を発見することもある。どの定跡もバージョンアップが繰り返され、永瀬のように一日に10時間以上も研究に没頭する棋士以外はなかなか勝てない時代になってしまった。
我が道を行く
しかし、今期の王将リーグでは永瀬王座、渡辺名人、豊島九段(元竜王・名人)の全員が羽生に苦杯を喫した。羽生は52歳にして、檜舞台に戻ってきたのである。
羽生が長期のスランプに陥った原因の一つにAIの存在がある。あまりにも急速な変化を遂げた序盤戦術に稀代の天才もすぐには順応できなかった。

しかし、若手棋士の大半はAIが最善と判断する手の理由を考える時間すらもったいないと思っている。真相究明までに何時間も駒を動かして無数の局面を検討する作業に意義を見出せないのであろう。そんな時間があれば、次に対戦する相手の得意戦型や自分との対局で現れそうな局面を想定して、あらゆる変化の最善手をAIに聞き、それらを全て丸暗記して対局に臨む方が明らかに得策であると考える棋士が多いのである。
しかし、合理的ではあっても目先の勝利しかもたらさないこの安易な方法を羽生は嫌った。AIが推奨する手でも自分が納得しなければ指さない、AIが悪いと認定する手でも成算があれば平気で指すという信念を羽生は貫き通した。
復活の狼煙

研究にはAIを用いながらもAIの示す結論には盲従せず、長年の経験の果実(大局観)を重視した羽生は自分の将棋の新しいスタイルを確立していった。この努力は一朝一夕には実らなかったが、今シーズンに入ってからは、今までAI流の奇想天外な指し手で自分を悩ませた若手のホープたちを次々と負かすようになった。
まだ強くなれる
久々にタイトル挑戦を決めた羽生の復活はまたたくまにニュースとなり、日本中を駆け巡った。NHKも民放も羽生の王将挑戦を速報で報じた。終局後は記者会見まで開かれた。(下記動画) タイトルを取ったわけでもなく、ただ挑戦者になっただけでマスコミが騒ぎ立てるのは羽生の復活を願う人の多さを如実に物語っている。
記者会見では藤井との新旧天才対決、タイトル100期の可能性にマスコミ各社の関心が集中したが、当の羽生は藤井と最高の舞台で合いまみえることを楽しみとしながらも、「自分の実力を上げることが最優先の課題である」と明言した。その結果がタイトル奪還につながり、通算100期に届けば嬉しいが、100という数字にこだわり特別に意識することはないと語った。
年齢からくる衰えについて記者たちは直接的な言葉を避けながらも「まだやれるのか?」と遠回しに質問した。これに対して、羽生は「今から強くなれるかどうかはわからないが、まだ強くなれると信じて頑張るしかない」と答え、同世代のファンを泣かせた。
言い知れぬ哀しみ
羽生はデビュー直後の藤井と「炎の七番勝負」という企画で非公式戦を戦ったことがある。藤井の将棋があまりにも異次元過ぎて、落日のチャンピオンは順当に負けた。終局後に羽生が見せたもの哀しい表情を忘れることができない。何かに怯えるような・・・
プロ棋士は基本的にポーカーフェイスである。負けた者があからさまに悔しがることもなければ、勝った者がはしゃぎまくることもない。天才集団に身を置く実力伯仲のライバル同士が何度も顔を合わせ、勝ったり負けたりしているのである。一回くらい勝って喜んでいる場合ではないし、ベストを尽くして負けてしまった時は素直にその結果を受け入れるしかない。勝っても負けても次の戦いのことしか頭にないのである。
しかし、この時の羽生は明らかに落胆していた。それはその一局に負けた悔しさから来るものではなく、長すぎた自分の時代にようやく終わりが訪れたことを悟ってしまった悲哀のように思われた。
天才は天才を知る。中原 誠16世名人がまだ現役の名人であった頃、記録係を勤めていた小学生の谷川浩司少年(デビュー前)を指差し、新聞記者に「今、谷川君のサインをもらっておくと後で値打ちが出ますよ」と言った話は有名である。実際にその10年後に谷川は名人になっている。
羽生も次代の王者が藤井であることを瞬時に見抜いたのであろう。
当時の羽生は三冠を辛うじて維持していたが、若手相手に薄氷を踏む防衛戦を強いられていた。将棋の感覚が共通している同世代の強豪には難なく勝つことができた。しかし、同世代のライバルの大半はすでに第一線から姿を消していた。羽生のタイトルに挑戦してくる者はいつしかAI世代の若手棋士に変わっていたのである。
それまでの羽生は番勝負でもストレート防衛や負けても1~2敗が多かったが、未知の将棋で挑んでくる若手相手に苦戦することが多くなり、タイトルを防衛することはできてもフルセットまでもつれ込むパターンも増えていた。4勝3敗、3勝2敗というギリギリの防衛を続けているうちに、近い将来、自分が無冠に転落する日が来ることをに覚悟したに違いない。
羽生は藤井との非公式対局に敗れ、その非凡な指し方からこの新人が数年以内にタイトルを総ナメすることがわかっていたはずである。
入れ替わった立場
藤井が公式戦29連勝を記録した頃から気の早いマスコミは羽生に「藤井とのタイトルマッチが実現した時の勝算は?」というくだらない質問を浴びせるようになった。それに対して羽生は「彼と桧舞台で戦いたいという願望はあるが、その日が来るまで自分が今の実力を維持できるかどうかはわからない」と答えていた。
マスコミもファンもこの時点では羽生が無冠に転落することを考えていなかったと思う。彼らは藤井といえどもタイトルに手が届くまでには最低でも5~6年はかかると見て、藤井が挑戦者として名乗りを上げるまで、羽生がタイトルを守り続けることができるか否かと解釈したはずである。しかし、羽生が考えていたことはどうやら逆であったようである。
「時代の覇者を藤井に譲った後も自分がトップグループに残っていられるかどうかわからない」というのが羽生の真意であったと思われる。
マスコミはタイトルホルダーの羽生に新鋭の藤井が挑む戦いをイメージしていた。しかし、今期の王将戦は藤井に羽生が挑む図式である。
かつて羽生が「それまで私がトップでいられるかわからない」と語ったのは「三冠、四冠を維持していられるかどうかわからない」という意味ではなく、「たとえ無冠になっても、自分がそこから這い上がり、再びタイトル戦の舞台に戻れるかどうかわからない」という意味であったことを今頃になって理解した人は少なくなかろう。
新不死鳥伝説に期待
大山は49歳の時に虎の子の名人位を失い、第一人者の座を中原に譲ったが、ピークが過ぎてもトッププレーヤーとしての活躍を続けていた。なんと全盛期の半分近くまで落ちた棋力で当代一流棋士と互角以上に渡り合い、50代でタイトルを11期も獲得した。元の実力が他を圧倒していたので半分の力でもタイトルが取れるところに大山の凄さがある。
「不死鳥」とも呼ばれた大山は60代になってもタイトル戦に登場したり、公式戦で優勝した。69歳で亡くなるまでA級から落ちることもなかった。それどころか死ぬ間際でさえ、末期癌を患いながらも名人戦の挑戦者争いに加わっていた。
晩年の大山は「現役のまま永世名人に推挙された私は最低でもA級の座をキープすることが自分に課せられた使命であると思っている。私はA級から落ちたら即座に引退する。しかし、私の生きざまに希望を見出す人が多いと聞く。如何なることがあろうとも、私は絶対に引退しない(A級から陥落しない)」と公言して、その約束を守り通した。
もはやA級ではなくなってしまったが、元の実力が違いすぎるという点では羽生も同じである。羽生の低迷の原因がAI研究がもたらした序盤戦術の激変にあるとすれば、新感覚の将棋に慣れてきた今の羽生には期待が持てる。序盤、中盤をなんとか乗り切ることができれば、得意の終盤で羽生が競り負けるとは思えない。羽生が再びタイトルを取り、かつての大山のように新たな不死鳥伝説を作ることは決して夢物語ではない。
勝負の行方は?
藤井との対戦成績はかなり悪い。(羽生から見て1勝6敗)しかし、記者会見上の羽生には自信が感じられた。王将戦は持ち時間が長く、しかも二日制で行われる。一見、長丁場の戦いは体力的な面でベテラン不利のように思えるが実際は逆である。ミスの起こりやすい終盤に十分な時間を残しやすく、中盤の難所でも気になる変化を何度も読み直すことができる。
今、勢いに乗る羽生が開幕2連勝でもすれば、羽生の無冠返上はいよいよ現実味を帯びてくる。
今年度の羽生は過去の不調から完全に抜け出して、勝率も以前の7割前後に戻している。棋王戦でも挑戦を狙える位置にいて、渡辺棋王を脅かしている。(渡辺VS羽生の対戦成績は渡辺から見て38勝42敗。渡辺がこれほど沢山戦って負け越している相手は羽生だけ)
最強の挑戦者を迎え、八冠独占を目論む藤井も大きな試練に立たされた。

羽生が王将位に返り咲き、華麗な復活を遂げるのか? 藤井が老雄の最後の抵抗を振り切り、8冠ロードへの道を邁進するのか?
年齢差30を超える両者の決戦の火蓋は2023年1月8日~9日、掛川城(静岡県)にて切って落とされる。
リヴィエラ倶楽部
佐々木智親

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(当倶楽部が応援する女流棋士の佐々木海法さん。名前がいいね!)
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2022/11/23 (水) [勝負師の魂]
コズエンという名の3人組
当倶楽部が応援する女子プロレス団体「スターダム」にCOSMIC ANGELS(コズミックエンジェルズ=略称コズエン)という不思議なユニット(選手グループ)があります。
コズミックエンジェルズの初期メンバー(左から白川未奈、中野たむ、ウナギ・サヤカ)
「宇宙一かわいいアイドルレスラー」の異名を取る(実は自称しているだけ)中野たむ選手が白川未奈(通称チャンミナ)、ウナギ・サヤカ(通称ウナ)両選手を率いて結成した新チームなのですが、全員がアイドル出身ということもあり、今、大変な脚光を浴びています。
アイドルレスラーなのに全員が30代という事実も異彩を放ちます。(※スターダム所属選手の大半は10代、20代の女の子)
最弱なのにチャンピオン
コズエンは人気はありますが、スターダムに存在する5つのユニットの中で間違いなく最弱のチームです。
ところが、コズエンはアーティスト・オブ・スターダムという3人タッグのベルトを保持しており、しかも、最多防衛記録まで樹立しました。
リーダーのたむちゃんだけが突出して強く、残りの二人は約25人の所属選手の中で下から数えて五本の指に入りかねない弱さです。
シングルマッチではほとんど誰にも勝てない二人ですが、タイトルマッチには滅法強く、いつもクレバーな試合運びでタイトルを防衛します。
特にチャンミナは青山学院大学英文科卒だけあり、頭が切れます。
チャンミナもウナもピンチになると、いつもボス(たむちゃん)に助けてもらいます。単体では挑戦者組の選手とまともな勝負にならないため、合体攻撃などで要領よく相手にダメージを与えます。
得意の勝ち方
たむちゃんは誰もが認めるトップレスラーですので、試合終盤、リング上に一対一の状況さえ現出すれば(=相手チームの妨害行為がなければ)、誰の手も借りずに、孤立した相手選手を仕留めるだけの実力があります。
たむちゃんに勝機が訪れたことを察知するや否や、チャンミナとウナは一目散にリングコーナーから降りて、試合権利のない相手チームの二人と場外乱闘を始めます。
たむちゃんの必殺技を食らった選手を救出すべく、相手チームの二人は急いでリングに入ろうとしますが、チャンミナとウナがそれを許しません。
リングに入ろうとする選手にしがみつき、足を掴んだり、胴に手を回して抱っこするようなポーズで敵をリング内に入れさせないのです。
チャンミナもウナも敵のカットプレー(試合権利のない選手がノータッチでリングに乱入して味方を助けること)を阻止する力だけは超一流です。
チャンミナとウナは勝つためには手段を選びません。恥も外聞もかなぐり捨てて、ベルトを死守します。
いつもこんな試合展開ですので、たむちゃんの体力消耗度は半端ではありません。企業にたとえれば、部長が懇切丁寧に新人社員二人の面倒を見ているようなものです。
毎日、6時間も残業して、自分の仕事もこなしつつ、本来は新人社員が上司を煩わせることなく自力でやらなければならない仕事まで手伝ってあげているような状態です。
営業活動にたとえれば、部長一人でプレゼンを行い、部下の二人は時折、会釈をする程度です。
一見無能のように見えて、部長の鞄からタイミングよく資料を取り出したり、部長が即答できない質問を受けると、すぐに携帯電話で本社に問い合わせるような機転の良さがあり、非常に気が利く二人です。
コズエンが嫌いな人たちはコズエンがタイトルを防衛するたびに、「コズエンが強いのではない。中野たむが強すぎるのだ」と主張します。
部下の育成に全力を注ぐ
事実、試合の大半はたむちゃんが戦っていて、いつもヘトヘトになっています。
しかし、たむ部長(?)は自分の驚異的なスタミナや孤軍奮闘に耐え得る強さを少しも誇ることなく、常に部下の功績を称え、「チャンミナとウナのお陰でまた勝つことができた。コズエンは個々の戦闘能力においては劣っているかもしれないが、絆の力ではどのユニットにも負けない」とファンを泣かせる台詞を吐くのです。
私はこういう謙虚な人が大好きです。
リヴィエラ倶楽部
佐々木智親(海殺しX開発者)
(いつも自分の手柄を部下の手柄にする優しい中野たむ・・・右端)
【追記】その後のコズエン
「白川とウナギは、たむのお荷物」という周囲の雑音に心を痛めながらも、チャンミナとウナは自己鍛錬に余念がなく、今では時折、トップレスラーからも金星を挙げる中堅レスラーに急成長した。その後、北海道大学法学部卒の才女、月山和香がコズエンの門を叩いた。
(月山和香・・・白川同様、女子レスラーの中では非常に珍しい大卒者。「まだ一度も勝ったことがない」という珍妙なギネス記録を更新中。負けるたびに泣いて悔しがる月山を他のメンバーが抱擁して慰める)
月山が伸び悩み、不名誉な連敗記録を伸ばし続けている頃、他団体のColor'sがコズエンに挑戦状を叩きつけた。Color'sバックボーンとなる興行会社が活動を停止したため、生き残りを懸けて活動の場をスターダムに求めてきたのである。
「敗者チームは勝者のチームの傘下に入り練習生の身分に甘んじる」という過酷なルールのもとで行われた6人タッグマッチ(中野たむ、白川未奈、ウナギ・サヤカ対SAKI、櫻井裕子、清水ひかり)は白川、ウナギが得意の場外戦術で敵軍を分断して、孤立した清水を中野がバックスピンキック→バイオレットシューティング→スターナースクリュードライバーの波状攻撃で仕留めた。
試合後、コズエンリーダーの中野は「かわいいだけかと思ったけど強かった」とColor’sの健闘を称え、「コズエンの下につかなくてもよい。ユニット名も残したままでよい。今後もColor'sとして自由に活動を続ければよい。対等な立場で連合軍を組もう」と呼びかけた。敗者を労わり、プライドを傷つけない提案を持ちかけた中野の思いやりにColor'sの全員が感動。
かくして、Color'sがコズエンに合流し、最弱、最小ユニットのコズエンはスターダムの最大派閥に成り上がった。
(コズエン入りしたColor'sのメンバー・・左からSAKI、網倉理奈、櫻井裕子、清水ひかり)

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【惹かれ合う心】タムとジュリアの物語
2022/08/20 (土) [勝負師の魂]
(若干の加筆あり)
東海の鬼
かつて、「鬼とも仏とも呼ばれた将棋指し」がいました。鬼のように将棋が強く、仏のように優しい人格者といえば、将棋通の人であれば、「東海の鬼」の異名をとった花村元司九段(冒頭画像・左)を思い出すことでしょう。
アマチュア時代の花村九段は真剣師でした。「真剣」とは賭け将棋を意味する隠語であり、真剣師というのは賭け将棋で生計を立てる人のことを指します。
当然ながら、真剣師は滅法強く、対等な条件では誰も指したがりません。どうしてもハンディが必要となります。
「花村が勝っても対戦相手は10円しか払わなくてよいが、対戦相手が勝った場合は花村が100円払う」というような条件でようやく対戦が成立します。(ちなみに、大卒初任給が70円くらいの時代の話です)
このような過酷な条件下で勝ちまくっていた筋金入りの真剣師でした。
特例でプロ入り
あまりにも強く、真剣師花村の名声は全国に知れ渡っていましたので、プロ棋士の総本山である日本将棋連盟は異例の措置をとり、花村九段をプロに認定しました。
通常は奨励会というプロ棋士の養成機関を卒業しない限り、正式なプロにはなれないのですが、花村九段は特例でその責務を免れ、試験対局として現役のプロ棋士と何局か指しただけでプロデビューが許されました。
A級昇級と執念のカムバック
プロ転向後も花村九段は快進撃を続け、名人への挑戦権を争うA級(トップ10)の座に昇りつめました。
その後は加齢とともに棋力が衰え、B級1組で低迷していましたが、なんと60才という高齢でA級に復帰するという空前絶後の偉業を成し遂げました。
60代でA級に在籍した大記録は花村九段の他にも「不沈艦」大山康晴15世名人(69才で死去するまでA級)、「神武以来の天才」ヒフミンこと加藤一二三九段(62才でB1に降級)、「火の玉流」有吉道夫九段(61才でB1に降級)が達成していますが、A級から陥落して60代で再びA級に返り咲いたのは花村九段しかいません。
死因はショートホープ?
花村九段は愛煙家でした。ショートホープを一日に5箱以上吸わずにはいられない人でした。それが祟ったのか、67才で肺がんを患い、帰らぬ人となりました。死ぬ間際までファンを沸かせた人ででもありました。
死闘となった絶局
亡くなる直前、花村九段の在籍クラスはB級2組まで落ちていましたが(それでも67才でB2にいること自体が驚異的)、生涯最後の対局では、若手のホープ、高橋道雄六段(写真・現九段)をねじ伏せています。この将棋は後世に語り継がれる大死闘でした。
当時の高橋六段はすでにタイトル(王位)獲得歴があり、破竹の勢いに乗っていました。前年に挑戦者の加藤一二三九段に敗れてタイトル防衛に失敗しましたが、絶好調であることには変わりなく、「老雄花村に勝機なし」が対局前の下馬評でした。
妖刀の切れ味
ところが、「妖刀」と恐れられた花村将棋の本領がいかんなく発揮され、中盤で花村流の鬼手(奇想天外な手)が炸裂し、この対局は花村九段の圧勝に終わりました。その冴え渡る指し回しは「鬼の花村健在なり」を強く印象づけるものでした。
この対局の直後に高橋六段は加藤王位にリターンマッチを挑み、タイトル奪還に成功しています。つまり、この勝利はタイトルホルダーを破ったに等しい価値があります。
これが花村九段の絶局となりました。将棋の内容も2連続鬼手から入玉ルートを確保して、236手に及ぶ長期戦の末、自分だけ入玉して、相手の入玉を阻止するという凄まじい死闘でした。
当時、年老いた棋士が高橋相手に勝利することは到底考えられないことでしたが、花村であれば少しも不思議ではないという雰囲気が漂っていたのは才人花村の天才たる所以でしょう。
往年の名棋士が当代一流の若手棋士を下す・・・この大金星に全国の花村ファンが熱狂しましたが、聞くところによれば、ご本人は少しも喜ぶ様子はなく、順当な結果と見ていたようです。
鬼手一発で名人をも倒す
花村九段はピークを過ぎた後も当時の最強棋士、中原 誠名人(現16世名人)とテレビ棋戦でぶつかり、鬼手一発で一方的に攻め倒したことがあります。
この時も勝って当たり前というような涼しい表情をしていました。実に格好良いおじさんでした。
若き名人を相手に初老のおじさんがピシッと激しい駒音を立てて、8三銀というタダ捨ての銀を放ち、それに動揺した棋界最強者がずるずると土俵を割るシーンは衝撃的でした。
花村九段は囲碁もプロ級の腕前を誇り、チェス、オセロも万能、まさに盤上ゲームの天才でした。麻雀、花札も敵なしで、競輪、競馬、競艇も連戦連勝という勝負の鬼でもありました。まさに不世出の天才でした。
たった一枚の色紙
デビュー前の森下九段は師匠の花村九段に数え切れぬほど将棋を教わりました。「師匠は弟子に直接教えるない」ことが当たり前であった時代に花村九段は業界の禁を犯して、少年時代の森下九段に徹底的に将棋を教えました。
いつも指導対局の前後に後援会だかファンクラブに頼まれて何十枚の色紙に丁寧にサインをしている花村九段の姿を見て、当時の森下少年は少しイライラしたのか、「先生、そんなにゆっくり書かなくてもいいじゃないですか」とうっかり軽率な発言をしてしまったそうです。
すると、花村九段は「あのなあ、こっちは何十枚でも、もらう人はたったの一枚なんだよ」と呟いたそうです。これには感動したと森下九段が言っていましたが、その話を聞いて私も考え込んでしまいました。
私は多数のリヴィエラ門下生(最強攻略法・海殺しXの購入者)から海殺しXに関する質問のメールを頻繁に頂戴します。自分が何十通も書く返信も受け取る人にはたった1通の返信なのか、と。
人生の教科書
小学生の頃の私は花村九段の破天荒な生きざまに憧れ、中学生の頃の私は花村九段のドラマティックな将棋に酔いしれました。しかし、高校以降の私は花村九段の素晴らしい人間性に魅了されるようになりました。
今、思えば、私の人生の教科書は花村九段であったのもしれません。破天荒であっても礼儀正しく、自分に厳しく他人に優しい。
私にとって、花村九段は永遠のアイドルです。
リヴィエラ倶楽部
佐々木智親(海殺しX開発者)

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2022/08/19 (金) [勝負師の魂]
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伝説の棋士
昔、「棋界のプリンス」と称され、絶大な人気を誇った真部一男(まなべかずお 本名:池田一男)という天才棋士(故人・九段)がいました。
デビュー直後の真部さんは、タイトルの大半を独占していた当時の最強棋士、中原 誠16世名人と互角以上に渡り合う戦績を残していました。

しかし、その類稀なる才能は誰もが認めるところでした。最盛期を過ぎた頃でさえ、NHK杯戦では史上最強の棋士とも目される羽生善治竜王を負かしています。
人気の秘密
真部さんの人気は天才的な強さだけに由来するものではありませんでした。端麗な容姿、ずば抜けたファッションセンス、全身から漂う気品、多芸多才、教養の深さ、作家顔負けの文章力などにも人々は魅了されました。
特にビジュアル的な魅力は申し分なしでした。私(佐々木)が今までに見たことのある男性の中で、これほど眉目秀麗な人はいないと断言できます。
若い女性にはたまらない魅力があるのでしょうが、どことなく軽薄な印象が拭い切れない人が多く、全世代から支持される容貌とは言い難い気がします。
その点、若い頃の真部さんは年齢不相応の落ち着きがあり、言葉遣い一つとっても、教養がアクセサリーとなっていて、ネックレスやブレスレットをちらつかせるだけでまともな日本語すら話せない近頃のイケメン男とは大違いでした。
日常会話の中で凡人が知らない風流な言葉が自然と出てくる真部さんの格好良さはあらゆる世代の尊敬を集めたものでした。
隠れたフィーバー
残念ながら、真部さんが55歳という若さで急逝されてからすでにかなりの歳月が流れているため、ネット上には若かりし頃の真部さんの画像がほとんど残っていません。
あることにはあるのですが、実物よりもかなり悪い写真映りとなっています。どなたかYouTubeにでも当時の真部さんの風貌を伝える動画をアップロードしていただけないものでしょうか。
のちに離婚してしまいましたが、草柳文恵さん(ニュースキャスター、元ミス東京)との結婚は記者会見まで開かれ、真部さんはワイドショーの主役にもなりました。
(故・草柳文恵さん)
最近の将棋界は藤井聡太七段や加藤一二三九段(ひふみん)らの大活躍でかつてないほど脚光を浴びていますが、真部さんが存命中の将棋界はそこそこに世間の注目を集めてはいたものの、今ほどには盛り上がっていませんでした。
棋士の結婚で記者会見が行われたのは真部さんのケースが初です。
真部さんは天才的なIQの高さ(たしか200前後)でも知られ、あるクイズ番組に出演した時の神がかった解答能力は(お若い方には通じない表現でしょうが)「クイズダービー」のはらたいらさんを彷彿させました。
現在の藤井フィーバーの前には羽生フィーバー(七冠達成)がありました。羽生フィーバーの前には谷川フィーバー(史上最年少名人)がありました。これらはマスコミが将棋界を過熱報道した三大フィーバーと言われていますが、実はその前にも真部フィーバーという隠れた歴史があったことを知る人は今ではそれほど多くありません。
男らしい逸話
真部さんは芯の強い人でした。
巣鴨高校在学中、デビュー前の真部さんは棋士の養成機関、奨励会で修行中の身でした。
真部さんは学校にも将棋の盤駒を持ち込み、休み時間や放課後には将棋の研究をしていました。棋士を目指している以上、将棋が生活の中心になるのは当たり前のことです。
ところが、アホな担任教師が「学校に不要なものを持ち込むな!」と怒鳴りつけ、盤も駒も没収してしまうという事件が起こりました。
その翌日、真部さんは担任に退学届けを叩きつけたのです。しかも、卒業間近に。腰を抜かした担任は「ふざけたことをしやがって」とでも思ったのでしょう。「これは一体どういうことなんだ!?」と激昂しましたが、高3の真部少年は涼しげな顔でこう言い放ったのです。
「俺は将棋を指すために生まれてきた男だ。我が命に等しい将棋を否定する学校に、これ以上在籍する価値はない」

真部さんの格好良さは将棋の強さやビジュアル面だけによるものではなく、実はこのようなプライドの高さにその本質があります。
リヴィエラ倶楽部
佐々木智親
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【2021. 10.23 追記】Wikipediaには「真部の大一番」という項目があり、最盛期の華々しい活躍を見ることができます。(準タイトルも含めて)タイトル挑戦者決定戦進出4回(いずれも敗退)、公式戦準優勝3回は悲運としか言いようがありません。本来であれば、少なくともタイトル獲得5期、優勝3回、A級在籍10年くらいの実績は余裕で残せたはずです。病に泣かされた生涯でした。

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★もっと楽しく もっと夢を
(女子プロレス団体「スターダム」のトップレスラー、中野たむ選手)
2021/10/21 (木) [勝負師の魂]

※本稿は2019年11月16日に海殺しX事務局便りに掲載したイチパチ海物語攻略の達人の最終章からの引用です。(一部、加筆及びカットあり)
諦めない男
「百折不撓」(ひゃくせつふとう)という言葉をご存知でしょうか。これは棋士の木村一基氏が色紙に好んで揮毫する言葉です。何度も倒れても、起き上がり、決して挑戦を諦めないという意味です。
デビュー当時の木村四段
ご覧の通り、木村氏は精悍な雰囲気がみなぎるなかなかのイケメンです。いや、「でした」と過去形で言うべきでしょうか!?
デビュー以来、木村氏は驚異的な高勝率を誇り、タイトルの獲得は時間の問題と思われていました。
しかし、勝率は高くても、棋士の最盛期である20代はタイトルと無縁のまま無常の時間が過ぎ去りました。棋士の第二の最盛期といわれる30代になってから漸く竜王戦の檜舞台に立ちましたが、七番勝負(先に4勝した方が勝ち)は渡辺 明竜王にストレート負けを喫しました。
その後、タイトルに挑戦すること5回、全てチャンスをものにできずに敗退を余儀なくされました。その中には3連勝後に4連敗してタイトル奪取に失敗するという不名誉な記録も含まれています。
悲劇のヒーロー
その後の木村氏は悲運の棋士として人気が急上昇しました。近頃は将棋のタイトルマッチがインターネット番組で生中継されることが恒例となっており、どの棋戦でも木村氏は名物解説者として招かれ、お茶の間の人気者になりました。
ファンを大切にする木村氏は常に初心者にもわかりやすい解説を心掛け、少しでも将棋を知っている人であればわかりきった手順でも決して手を抜かず、しっかりと解説する姿勢は将棋を覚えたての人に絶賛されました。
しかし、木村氏が初心者向けに解説をすれば、中級以上のファンは退屈します。そのこともよくわかっている木村氏は解説中にジョークを連発したりして、視聴者の全階層を楽しませる努力を惜しみませんでした。
いつしか木村氏は「解説名人」と呼ばれるようになりました。これは木村氏の人気の高さを示すものではありますが、現役棋士としてはあまり有難くない称号です。野球でもなんでもそうですが、通常、解説や評論の名手というのは引退した人です。
木村神話
又、長年の戦いでボロボロになり、頭髪が抜け落ち、ありきたりの中年男のルックスに変貌してしまった木村氏には「オジサン」というニックネームがつけられました。ファンは親しみを込めてそう呼んでいるだけなのですが、本人にとってはあまり嬉しくない愛称です。
しかし、将棋の強いオジサンとして木村氏は年老いても第一線で戦い続け、タイトルには無縁でも、その強さはタイトルホルダーに引けを取らないという「木村神話」が一部のファンの間で囁かれていました。
そして、今年(2019年)の9月にその神話は現実のものとなったのです。
久々のタイトル戦
王位戦の挑戦者決定戦でタイトル通算99期の羽生善治九段を叩きのめした木村一基九段は天才の呼び声高い豊島将之名人・王位への挑戦権を獲得しました。
豊島名人・王位は100年に一人の天才、藤井聡太七段に公式戦で4連勝という驚愕の強さを誇ります。(羽生ですら藤井には2連敗)
「現棋界の最強は豊島か渡辺か?」と巷では議論されています。(私は藤井七段が最強と思いますが・・・)
大方の予想
羽生を倒したところで木村の運も尽き、タイトルを賭けた七番勝負は豊島防衛で幕を下ろすというのが関係者の大方の見解でした。
木村は最悪で4連敗、最高で2勝4敗、順当に行けば、1勝4敗あたりで今回もタイトルには手が届かないだろうというのが戦前の下馬評でした。
シリーズ開幕後、木村2連敗・・・ああ、もうダメだ、と誰もが思いました。しかし、オジサンは諦めませんでした。百折不撓の男にとって勝負はまだこれからです。
木村、巻き返す
木村氏は今までの自分の努力が必ず実ると信じていました。シリーズ開幕前からファンレターも沢山届いていました。
熱狂的な木村ファンの声援を受け、オジサンは燃える闘魂と化し、少しも年齢を感じさせない凄まじい激闘を繰り広げました。

なんと両雄の戦いは3勝3敗のフルセットにもつれこみ、天下分け目の大決戦となる第七局、全国の木村ファンはインターネット中継に釘付けになりました。
王位戦は二日制の死闘です。二日目の夜戦に入ると勝敗の行方が気になって風呂にも入れないファンが続出しました。木村氏を尊敬するファンは汗ばんだ手でスマホを握ったまま、奇跡の瞬間をひたすら待ち続けていました。
「千駄ヶ谷の受け師」の異名をとる挑戦者が若き王者の激しい攻撃を巧みな受けの妙技で凌ぎました。最後は反撃に転じた老雄木村が猛然と襲いかかり、またたくまに豊島陣を受けなしに追い込みました。
ついに奇跡が・・・
豊島投了の瞬間、ニコニコ生放送の画面には「やったー」、「オジサン、おめでとう!」、「こんなにカッコイイ中年は見たことない」など視聴者からの温かいコメントで埋め尽くされ、対局者の姿がほとんど見えなくなってしまったほどでした。
ついに奇跡が起きた! 最盛期をとうに過ぎた解説名人が棋士としての絶頂期真っ只中にいる名人を撃破したのです。
デビューして23年、木村氏は46才になっていました。これは有吉道夫九段の持つ初タイトル獲得の最高齢記録(37才)を大きく塗り替えた歴史的瞬間でもありました。7度目のタイトル挑戦で初戴冠というのも信じ難い大記録です。
悲願のタイトル獲得後、涙を拭う木村王位
報道陣に囲まれた木村氏は「自分はタイトルには縁のない男かもしれないと思いかけた時もあったが、諦めずにやってきてよかった」と嗚咽をこらえながら胸の内を明かし、それを聞いていた全国のファンがもらい泣きしました。
挑み続けた人生
木村氏の執念の前に屈し、タイトルを一つ失った豊島名人ですが、まだ29才。今、行われている竜王戦では挑戦者として広瀬章人竜王(32才)を相手に3勝0敗と追いつめています。恐らくは竜王を奪取して二冠に返り咲くことでしょう。
現在、将棋界のタイトルホルダーはこの他に渡辺 明三冠(35才)、永瀬拓矢二冠(27才)の二人しかいません。いずれも20代、30代の指し盛りの棋士です。
史上最強の棋士とも称される羽生九段(大天才)でさえ、年齢的な衰えに抗しきれず、タイトルマッチになかなか絡めない現状の中、常に自分の力を信じて不可能とも思える目標に挑み続けた46才王位の存在は光り輝きます。
木村一基の名言
別のコラムでも書きましたが、「人は歩みを止めた時、挑戦を諦めた時に年老いていく」(アントニオ猪木の名言)のです。
かつて、私は木村氏のある名言にはっとしたことがあります。
将棋には絶体絶命のように見えて、辛うじて助かっている局面というものがあります。しかし、助かるための一手を指したとしても、それは敗北の瞬間を先送りしただけにすぎず、勝てる可能性は極めて低いという局面。
こういう時、大半の棋士はその一手を指すのはみっともないと考えて潔く投了することが多いのですが、木村氏は恥も外聞もかなぐり捨てて、その一手を指します。
「棋譜が汚れる」(将棋の内容が美しくなくなる)という批判を覚悟の上で、1%か2%しかない勝利の可能性に一縷の望みを託して。そこまでして負けまいとする理由を聞いて、私は息を飲むような感動を覚えました。
「負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように転落していくんだろう」(木村一基)
今回のタイトル獲得は誰もが躊躇する「目を覆うような手」を指し続けてきた(=勝つことだけにこだわってきた)木村氏に幸運の女神が微笑んだ結果と言えるでしょう。
【2021.3.11追記】翌年、藤井聡太棋聖を挑戦者に迎えた防衛戦で木村は屈辱のストレート負けを喫し、虎の子のタイトルを失った。
しかし、将棋の内容は決して悪くなかった。4局のうち2局は木村に勝機があった。「こう指せば木村の勝ちは動かない」という局面で2回ともその手を見送ってしまったため、時の運は藤井に味方した。
敗戦をふり返るインタビューで木村はそのような未練がましいことを一言も口にせず、「4連敗とは情けない限りです。また出直します」と力強く再起を誓った。
3ヵ月後、木村にリベンジの機会が巡ってきた。舞台はNHK杯争奪将棋トーナメント。両雄は再び相まみえた。藤井が最も得意とする角換わりの戦型を木村は堂々と受けて立ち、終盤、誰もが腰を抜かす馬捨ての鬼手で藤井を下した。
40代後半の年齢で藤井相手にこんな勝ち方のできる棋士が何人いるであろうか。筆者は木村以外に思いつかない。
リヴィエラ倶楽部
佐々木智親

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★哀しみの夜は希望の明日へのプレリュード
(写真はかつて一世を風靡した将棋の矢内理絵子女流五段)
2021/03/11 (木) [勝負師の魂]

(ジュリアから奪った「近くて遠かったベルト」を抱いて涙ぐむ第15代ワンダー・オブ・スターダム王者、中野たむ)

Prologue
※まずは海殺しX事務局便りに掲載した【海物語】この出目頻出は不調の兆しのCoffee Breakより引用
2021年3月3日、日本武道館にて開催されたスターダム設立10周年記念大会のメインイベント「ワンダー・オブ・スターダム選手権試合」で宿敵、ジュリアを下した中野はついに悲願のシングルベルトを腰に巻いた。
不屈の闘志で絶体絶命のピンチを何度も凌いだ。
どんなにえげつない攻撃を受けても絶対に諦めなかった。
この日のために温存していた秘策、スタイナースクリュードライバーで形勢を完全に逆転させた後、自らが編み出した至高のフィニッシュホールド、トワイライトドリームを炸裂させ、女子プロレス大賞を受賞して波に乗るジュリアを完膚なきまでに打ちのめした。
文句のつけようのない鮮やかな勝利に、会場にいた選手も観客も感涙にむせんだ。中野のこれまでの苦労と人並み外れた根性を知っていたからである。
三十路をとうに過ぎた女のたゆまぬ努力と鍛錬の集積が偉大なる奇跡を生んだ。
年齢的に遅すぎたデビュー、スポーツ歴なし、小柄な体躯という幾重のハンディをものともせず、「自分の限界を自分で決めない」を信条に、ひたすら夢を追いかけた中野にようやく春が訪れた。数え切れない挫折を糧に這い上がった、まさに執念の初戴冠であった・・・
女の決闘
「輝くスターダム・ドリーム」中野たむと「美しき狂気」ジュリア。
近年、急に頭角を現したスターダム(女子プロレス団体)の二人の女子レスラーに今、世間の熱い視線が注がれている。
因縁浅からぬ二人の「最終決着戦」は2021年3月3日、レック presents スターダム10周年記念~ひな祭り ALLSTAR DREAM CINDERELLA~日本武道館大会でワンダー・オブ・スターダム選手権(通称白いベルト)を賭けて行われた。この試合には「敗者髪切り」という過酷な条件が加わった。
この時代錯誤的な試合形式にファンのネガティブな反応も多かったが、蓋を開けてみると、翌日に同じ会場で開催された新日本プロレス(男子プロレス最大手)の「旗揚げ記念日」興行を観客動員数で上回るという快挙を成し遂げた。
女性の坊主頭など誰も見たいとは思わなかった。観客が見たかったのは負けん気の強さでは人後に落ちないこの二人の究極の決闘であった。
一歩も退かぬ睨み合い
決戦の半月前、リング上で睨み合った両雄は例によって「マイク合戦」でも意地の張り合いとなった。
ジュリア「この試合をスターダム、いや女子プロレス史上でもっともやべぇ試合にしてやる!」
中野「ジュリア、私は、もう覚悟は出来てる。だから、今何も言うことはない。ただ、髪切りだけが先行してるこの試合だけど、私は他のどの試合よりも、ジュリアとやべぇ試合を見せる自信がある。他のどのカードにも負けないし、そしてジュリア、あんたにも絶対に負けない!」
(名物となった中野たむとジュリアのマイク合戦)
大一番を控えた選手がリング上で挑発し合うマイク合戦は、常連の客にとって、もはや「お馴染みの光景」となっている。間近に迫った興行のプロモーションを兼ねた演出に慣れ切っている観客は観劇を楽しむ要領で選手の話に耳を傾ける。
しかし、最近の中野とジュリアのやりとりは両者があまりにも真剣すぎて、会場がシーンと静まり返ることが多かった。
マスコミは中野とジュリアの抗争を面白おかしく報道するために、「遺恨」とか「確執」といった憎悪を意味する言葉を使用した。
これほど的外れな表現はない。リング上では敵対していても、両者の間に私怨はない。二人は互いに強さを認め合い、格闘技術を磨き合う「戦友」である。
二人には共通する想いがあった。
ある面は自分とそっくり、ある面は自分と正反対・・・
中野とジュリアは幾多の「衝突」を繰り返しながら、二人とも成長していった。中野がジュリアを強くした。ジュリアも中野を強くした。
一連の抗争を通じて、互いの成長を確かめ合った二人は、いつ頃からか互いに惹かれ合う関係に発展していった。
アイドル時代の苦労
中野たむ(本名・田内友里愛)は高校を卒業後、舞台女優への道を志し、愛知から上京した。はじめはミュージカルなどに出演していたが、所属事務所の意向でアイドルグループ、カタモミ女子のリーダーに抜擢された。
(若かりし頃の中野たむ)
毎日、秋葉原の店舗でお客さんの肩をマッサージして、ついでにCDも売るというコンセプトで始まったこのグループはメジャーデビューを夢見る中野と身の丈に合った活動で着実に稼ぎたい事務所側の意向が対立して長続きはしなかった。
肩もみをしながら客と会話をしてファンを増やし、本来の活動である歌のライブへの集客を目論んだ事務所であったが、次第に肩揉みが中心になってきて中野は焦った。
アイドルにとっては若さが一番の売り物であるのに、明けても暮れても人の肩を揉み続け、非情にも時は流れてゆく。一体自分は何をしているのかと思った。
年齢的に後のない中野は2015年にカタモミ女子を脱退した。心機一転をはかり、名前を本名から芸名の中野たむに改名した。
はじめから芸名のような美しい響きを持つ本名を捨て、ぱっとしない名前に変えたことに周囲は首を傾げたが、中野には大きな夢があった。この名前で日本武道館で公演を行うという夢が。
これを知る人はほとんどいないが、「たむ」というコミカルな名前は夢が多い(多夢)という中野の願望に由来する。常に夢に向かって突っ走る中野の人生はここから始まった。
しかし、相変わらず道は平坦ではなかった。中野は元カタモミ女子のメンバーを誘って、新グループ、「info.m@te-インフォメイト」を立ち上げたが、その活動は一年ももたなかった。
転機となった衝撃体験
2016年の春、中野は振り付け担当者としてアクトレスガールズの活動に関与するようになった。
この新興女子プロレス団体はタレント志願者を募ってレスラーになるための練習をさせ、音楽ライブとプロレスを融合させたイベントを展開していた。
(アイドルを断念してプロレスという禁断の領域に足を踏み入れた中野たむ)
アクトレスガールズとの出逢いが中野をプロレスに目覚めさせた。連日の興行に立ち会っているうちにプロレスの魅力にますますはまっていった。
ふと気がつけば、アクトレスガールズの練習生になっていた。何事もやるからには最高のものを目指す中野は業界最大手のスターダムの試合を見に行った。
僅か15分の試合が一本の完結した映画のように見えた。
プロレスは試合そのものがドラマであり、そこには喜び、悲しみ、笑い、感動などの全ての要素が凝縮されている。
これこそが最高のエンターテイメントであると中野は確信した。
かつて中野は男子プロレスの余興としてリングの上で歌ったこともあったが、プロレスの試合は怖すぎて1分も見ることができなかった。
(美形揃いのアクトレスガールズの選手たち)
ところが、スターダムの試合は違った。特に紫雷イオが繰り出す華麗な技の数々には衝撃を受けた。
「女の子でも鍛えればこんなに凄いことができるんだ!」と中野は言い知れぬ感動を覚え、自分がレスラーになれば、アイドル時代に(いつまでも地下アイドルのままでメジャー路線に転出できず)失望ばかりを与え続けたファンに同じ感動を与えることができると直感した。すると、心がゾクゾクとしてきた。
(米マット界で活躍するスターダムOG、紫雷イオ・・・天才的な運動神経で観客の度肝を抜き、スターダムに繁栄をもたらした最大功労者)
地獄の特訓
プロレスラーになるための練習の厳しさは想像を絶するものであった。いつまでも終わらない練習に息が上がり、唇が紫色に変わり、これ以上やったら気絶してしまうと思っても、休むことさえ許されない。
死ぬかもしれないと思った。しかし、自分で選んだ道である。逃げ出すことはできない。遠のく意識の中で、中野は必死に耐え続けた。夢を諦めず、ネバーギブアップを実行することだけが神が中野に与えた唯一の才能であった。
練習が終わって家に帰ると体中に痛みが走る。極限を超えた疲労が蓄積されて、日常生活すらままならない。
しかし、この苦痛が次第に喜びに変わってきた。そこには進歩の跡があった。
練習を続けていくうちに、ちょっと前まで耐えられなかったことが今では難なくできることに気づいた。ちょっと前まで激痛だった技が今ではそれほど痛くもない。
「筋肉は裏切らない」と中野は思った。
人はすぐに自分を裏切るが、筋肉は絶対に裏切らずに自分を支えてくれる。筋肉が増強していくにつれて、地獄の練習が朝飯前にこなせるようになった自分自身の成長を中野は喜んだ。
アイドル時代は毎日、客の肩を揉み、無為な時間だけが過ぎていった。なんの進歩もない日々だけが明けても暮れても続き、将来のビジョンすら見えてこなかった。
しかし、プロレスの基本的な技をマスターしていく過程で、自分が将来のトップレスラーとして大会場のメインを張り、大観衆の声援を受けて戦う姿がおぼろげながら浮かび始めた。
それは夕暮れ時に遠い彼方の虹を眺めるようなものであったかもしれない。白昼夢にすぎなかったかもしれない。中野は手の届かないところで燦然と輝くあの美しい虹を本気で追いかけようと心に決めた。
固定観念の打破
かくしてレスラーへの転身を遂げた中野はアイドル出身という過去もあり、たちまちマスコミの脚光を浴びるようになった。
しかし、それは飽くまでも意外性という側面に焦点を当てたものであり、取材する側も中野にレスラーとしての実力を求めてはいなかった。
(相手の顎を的確に撃ち抜く中野たむのバイオレットシューティング)
いつの時代も女子プロレスにはアイドルレスラーが存在する。アイドルレスラーの大半は華奢な体で体力も耐久力もなく、飛んだり跳ねたりする見栄えの良い技を中心に試合を組み立てる。
勝ち方も力で相手をねじ伏せるのではなく、一瞬の隙をついた返し技(回転エビ固めや首固めなど)が多い。ファンはアイドルレスラーに本物の強さを求めない。
中野は従来のアイドルレスラーの常識を覆すことを狙っていた。
見かけ倒しの技を嫌う中野は芸術性に富みながらも強烈なダメージを与えることのできる技のみを習得した。のちに中野のオハコとなるタイガースープレックスには中野による独自の改良が加えられている。
(中野たむの芸術的なタイガースープレックスは高角度に加え、腕のロックが完璧であるため効果抜群)
持ち前の体の柔軟さを生かして、中野は相手の体を高い所まで持ち上げてから勢いよく後頭部をマットに叩きつける。それには頑強な腹筋と足腰が要求される。中野は日々の筋トレを決して怠らなかった。
(オフの日も地道な努力を怠らない中野たむ)
いつからだって・・・
中野は「プロレスは人生の集大成であり、今までのあらゆる経験を試合に反映させることができる」と語っていた。
舞台劇をやっていた頃、役作りのために中国武術の型を学んだ経験が中野にはあった。その時に身につけたフォームがスピンキックをはじめとする中野の蹴り技の基礎となった。
(ライバルのジュリアにスピンキックを浴びせる中野たむ)
28歳でレスラーに転向した中野にとって、このデビュー年齢は大きなハンディとなっていた。中野のブレークを予測する者は皆無に近かったが、中野は若いレスラーにはない自分の人生経験の厚みが生かせる時が来る、と信じていた。
野心家の中野は「世の中には叶えられない夢が多いが、私は不可能を可能に変える奇跡をプロレスで起こす」と豪語した。
冷笑する周囲に対して、「夢を追いかけるのはいつからだって遅くない!」と名言を吐いた。
他団体に殴り込み
デビュー以降、年齢的なハンディを克服して着実に力をつけてきた中野は更なる飛翔を求めて他団体にも参戦するようになった。その中でも大仁田 厚が立ち上げたインディーズ団体、FMWの試合に出場したのは危険な賭けであった。
(「涙のカリスマ」大仁田 厚)
大仁田は電流爆破マッチをはじめとする「邪道プロレス」を売り物にしてメジャー団体と張り合っていた。
電流バットのような凶器を公然と使用する邪道プロレスは世間から蔑視されがちであるが、この団体に参戦するレスラーは命懸けで戦っている。危険度においては通常のプロレスとは比較にならない。
大仁田にかわいがられた中野は2017年の6月に大仁田と組んで自主興行を開催した。その時、電流爆破の犠牲となった。意識不明に陥った中野は救急車で病院に緊急搬送された。
(瀕死の状態で救急車に乗せられた中野たむ)
自信の源
目を覚ました時に最初に見えたものは病院の白い天井であった。徐々に記憶を取り戻した中野は「まだ生きていたんだ」と思った。
普通の女性であればプロレスをやめてしまうところであるが、強気の中野は違った。
「もはや怖いものは何もない」と思った。今後、どんな技を食らおうが、電流爆破マッチの被爆と比べれば恐るるに足らずだ。厭わしい経験が中野の急成長の引き金となった。
又、この事故は中野の知名度を上げた。機が熟したと見た中野はフリーランスの身となり、一世一代の勝負に出た。
辿り着いた終着駅
中野の行動力には定評がある。翌月に行われたスターダムの興行を視察した中野は首脳陣と面会し、参戦許可を願い出た。
知名度はあっても、真の実力が未知数であった中野にスターダムは査定マッチを組んだ。この審査にパスした中野は定期参戦を許された。
そして2017年11月、「試用期間」を経て、中野のスターダム入団が決まった。
戦いの場を求めて放浪した中野の旅はついに終着の駅に辿り着いた。
近年、急に台頭した総合格闘技ブームの煽りを受け、多くのファンを奪われてしまったプロレス界。「プロレス冬の時代」と呼ばれて久しい。
ましてや女子プロレスに至っては、小さな会場で数十人規模の興行が打てれば良い方である。武道館でメインを張るためには、女子プロ最大手、スターダムに乗り込む必要があった。
(スターダム入団記者会見で中野たむは大見得を切った)
入団発表のプレスインタビューで中野は「スターダムの頂点、女子プロレスの頂点を目指す」、「唯一無二の輝きを放つ星になる」と声高らかに宣言した。
可愛らしい顔をして大言壮語する中野を「口だけは達者」と笑う者も少なくなかったが、中野は本気であった・・・
謎だらけの過去
ジュリアも中野と似たような波乱万丈の道のりを歩んできた。
ジュリア(本名・松戸グロリア英美)はイタリア人の父と日本人の母との間に生まれた。彼女の生い立ちはほとんど公になっていない。
(美貌に似合わぬ毒舌で人気沸騰のジュリア)
本人の口から過去が語られることは滅多にない。ポジティブ思考のジュリアにとって、過去の出来事はなんの意味も持たない。
今が輝いていればよい。これこそがジュリアの人生観の根底をなすものであり、過去の出来事の積み重ねによって今があり、今の努力が将来に花開くと考える中野とは対照的である。
ジュリアには才気煥発という眩しさがあった。
キザな立ち居振る舞い、毒舌を基調とした会話運び、どれもサマになっていて、人気レスラーとしての商品価値を高めている。
(「クールな女」のキャラクターで売るジュリア)
自己プロデュース力にかけてはアイドル時代に培ったノウハウの強みで中野もジュリアに引けを取らないが、中野は記者会見やマイクパフォーマンスで語る事柄に関して、事前に入念な計画を立てるタイプである。
難しい言葉や凝った表現を駆使してファンを心酔させるが、不測の事態に直面した時のアドリブが弱い。続ける言葉が思いつかなくなったりするところが可愛らしくもあるが、トークの力では到底ジュリアには敵わない。
ジュリアは中野のように練りに練ったことを言うのではなく、思ったことを赤裸々に語るだけであり、声色と口調だけ業務用に調整している。
(全身からオーラを放つジュリア)
観客やマスコミの前では、普段よりも低い声で男勝りの言葉を遣うが、大半がアドリブであるため、如何なる状況でも当意即妙の台詞で場を沸かすことができる。
(ジュリアの出身地、ロンドン・・・ハーフであることを理由で子供の頃はイジメに遭ったと言われるが、それが彼女の反骨精神の土台になったのかもしれない)
キャバクラ出身
世間に知られているジュリアの経歴は元キャバクラ嬢ということだけである。
学歴(中卒)には恵まれなくても、知力と容姿には恵まれていた。
キャバクラ時代のジュリアは70万円前後の月収を稼いでいたが、それはアイドル時代の中野の月収とは比較にならない高額である。
しかし、ジュリアほど性格的にキャバクラ嬢に向かない女はいない。
言いたいことを思いのままに語り、「他人は他人、自分は自分」と常に我が道を行くジュリアにとって、客に合わせて会話を運び、卑屈な態度でご機嫌取りに徹しなければならないキャバクラの仕事は大きな苦痛になっていたものと思われる。
巧みな会話術を身につけたことだけが今の仕事に生かせる収穫であったかもしれないが、それ以外にキャバクラの経験がプロレスに役立ったことは何一つないかもしれない。
Going my wayを貫き通すいう点では中野の生きざまにも通じるものがあるが、今のジュリアは中野ほどにはアンチファンを作らない。
中野は三十路を超えてからも「宇宙一かわいいアイドルレスラー」と自称して、一部の人たちの不興を買っている。熱狂的なファンの多い中野の方針は一貫している。
万人に愛されることを望まず、自分を支持するファンと自分をけなすアンチファンがネット上で論争でもして盛り上がれば本望であると達観しているのである。ジュリア同様、中野も頭が切れる。
度胸が据わっているという共通点もある。ジュリアは見かけ通りに度胸があり、中野は見かけによらず度胸がある。
(コーナーポスト上で激しく殴り合うジュリアと中野たむ・・・怖いもの知らずだ)
人生の分岐点
ジュリアはいつまでもキャバクラで稼げるほど世の中が甘くないことを知っていた。
年齢が命のアイドル界で挫折を重ね、焦燥感を募らせていた中野と同じように、ジュリアもいずれは水商売から足を洗わなければならないと思っていた。
そんなジュリアに突然の転機が訪れる。ある日、お店で知り合った客に誘われ、プロレスを観戦したことが彼女の人生を大きく変えた。
ジュリアはたちまちプロレスの魅力に引き込まれ、身銭を切ってでも会場に足を運ぶようになった。
(卑屈にならずにやりたいことが思う存分できるプロレスはジュリアの目には「夢の舞台」に見えた)
試合のDVDも沢山買い占めた。そして、アイスリボン(女子プロレス団体)が運営するプロレスサークルに参加するようになり、プロレスこそが自分の天職であると確信したジュリアはアイスリボンの練習生になった。
修行中の修羅場
一般に出回っているジュリアの経歴にはキャバクラを辞めてからプロレスに入門したことになっている。これは厳密には正しくない。生活上の必要からキャバクラの仕事とプロレスの練習を掛け持ちしていた時期があったからである。
入門して何よりも苦しかったのは練習であった。これも中野の過去とダブるが、ジュリアには別の事情も絡んでいた。
キャバクラでの勤務を終えて、朝の5時か6時に帰宅する。シャワーを浴びた後に1時間程度の仮眠をとり、自宅から2時間近くもかかる道場に向かわなければならない。
(道場で日夜、練習に励むアイスリボンの練習生)
意識朦朧の状態でハードな練習をこなしたジュリアはかつての中野と同じように「死ぬかもしれない」と思った。
見え始めた光
しかし、負けず嫌いのジュリアは弱音を吐くことなく厳しい練習を堅忍不抜の精神で乗り切った。蜘蛛の巣という技(相手に飛びついて、自分の足をマットにつけずに卍固めをかける)を覚えてからは夢中になってこの技を繰り返し練習した。
道場での練習が急に楽しくなった。好きでもない客にも色気をふりまかなければならないキャバクラとは異なり、自分を飾らず、ありのままの姿で、志を同じくする者たちと共に、純粋で美しい汗が流せるこの場所をジュリアは愛した。
(ジャングル叫女に蜘蛛の巣を決めるジュリア)
それは男性の性欲が渦巻くキャバクラとはかけ離れた美しい世界であった。もうキャバクラにはなんの未練もなかった。
収入は激減したが、ジュリアの瞳の奥には洋々たる未来の青写真があった。
再び試練が
2017年の10月、修行を終えたジュリアは念願のデビューを果たす。しかし、決して幸先の良いスタートではなかった。
タッグマッチではパートナーの先輩レスラーのお陰で何度も勝つことができたが、ジュリアがフィニッシュを決めることはなかった。言わずもがな、シングルマッチでは誰にも勝てなかった。
ジュリアがシングル初勝利を飾ったのはデビューから10ヵ月後、2018年の9月のことであった。しかし、それ以降も勝ったり負けたりの泣かず飛ばずの期間がしばらく続いた。
ついにスターダムへ
ジュリアも中野と同じように、デビュー直後にルックスの良さからたちまち人気者になった。しかし、当初は人気先行型のレスラーであったことは否めない。
もどかしい日々が続いたが、2019年の春あたりから徐々に実力が人気に追いつき始めた。
同年の10月、ジュリアは清水の舞台から飛び降りた。2年前の中野のように、ジュリアも突然、スターダム参戦を表明した。
仕事でひと旗揚げたいと思う人が地方から大都市に移住するように、天下取りを狙う女子レスラーも戦いの場を自然とスターダムに求めてくる。
エンジン全開
しかし、ジュリアはアイスリボンとの契約上の問題がきちんと処理されておらず、強烈なバッシングを浴びることになる。
「お騒がせ女」という不名誉な烙印まで押されて窮地に追い込まれたジュリアを救ったのはスターダムの未来のエース候補、木村 花であった。
(ジュリアと木村花の関係及び木村花の知られざるエピソードに関しては、一番下の<おすすめコラム>参照)
(在りし日の木村花)
ヒール(悪役)ではあっても情にもろい木村は彼女流の方法でバッシングに苦しむジュリアに救いの手を差し伸べた。(詳細はおすすめコラム参照)
これがジュリアの運命を好転させた。マスコミやプロレスファンの非難がジュリアの体内で燃料と化し、彼女のエンジンはフル回転を始めた。
めざましい活躍
木村とジュリアのハーフ美女同士の抗争が始まると、前に前にと打って出るジュリアのアグレッシブな試合スタイルはファンの共感を呼び、ジュリアはファンの期待に応えて躍進を続けた。
他団体で活躍していた舞華、朱里、ひめか、なつぽい(万喜なつみ)をスターダムに呼び込み、自らがリーダーを務めるユニット、ドンナ・デル・モンドを結成したジュリアは一躍、スターダムの中心的存在となった。
(ドンナ・デル・モンド・・・ジュリア軍)
2020年から2021年の初頭にかけて、ジュリアはリングを席巻した。
・シンデレラトーナメント優勝
・ワンダー・オブ・スターダム選手権(白いベルト)獲得
・タイトル防衛を続けてV6達成
2019年の暮れに強烈なバッシングを浴びてスターダムに移籍したジュリアは翌年の八面六臂の活躍が評価され、女子プロレス大賞(東京スポーツ)と女子プロレスグランプリ(週刊プロレス)の二つをダブル受賞する離れ業をやってのけた。
(デビュー3年で最高の栄冠を手にしたジュリア)
大激震
ジュリアのスターダム電撃入団は他の選手にとっては震災級の天変地異であった。
それまでの実績からして大物レスラーとは言い難い「よそ者」のジュリアが先輩レスラーをごぼう抜きして一躍トップに躍り出て、ありとあらゆるものを全てかっさらってしまったからである。
(スターダム一期生にして団体エースの岩谷麻優はジュリアとの試合で苦杯を喫した)
生え抜きのレスラーたちは皆一様に気分を害した。一般企業にたとえるならば、幹部候補生として新卒採用された社員が頑張っている中、突然、同年代の社員が中途採用で入社してきて部長になってしまったようなものである。
(大型ルーキーとして注目を集めた林下詩美の存在もジュリアの入団で霞んでしまった)
中野はスターダムの生え抜きではないが、入団後2年が経過していて、すでに会社に溶け込んでいた。記者会見の司会や動画のナレーターなど多方面で活躍する中野は会社への貢献度も高く、もはや生え抜きの同僚たちと同じような立場にあった。
(生え抜きであることに強いこだわりを持つ渡辺桃はよそ者が大嫌い)
思わぬ珍客(?)の出現に、中野も平穏な気持ちではいられなくなった。
SNSでバトル勃発
2020年4月、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令され、通常の興行が打てなくなったスターダムはファンとの絆を保つため、所属選手たちによるトークライブ(YouTubeを使った生中継)を開催した。
スターダムの選手は幾つかのユニット(グループ)に分かれて活動している。会社は曜日ごとに担当ユニットを割り当て、選手たちは自分たちが当番の時に、自宅からライブに出演して、楽しいお喋りでファンと交流していた。
(岩谷麻優を「商品部長」に見立てた商品開発会議という名のお喋り)
ある日、ジュリア率いるドンナ・デル・モンドがライブ配信を行っている時に唐突にジュリアが中野のモノマネを披露した。
(素顔は茶目っ気たっぷりのジュリア)
ジュリアは不自然に可愛いらしい声で「宇宙一かわいいアイドルレスラー中野たむです!」と言って中野をからかった。
少しも似てはいなかったが、ジュリアのひょうきんな一面が見られて面白かった。他の出演者(朱里と舞華)は一瞬、何が起こったのかわからず、キョトンとしていた。
何秒か遅れてから朱里も舞華も笑ったが、「ジュリアの頭に一体何が起こったのか?」という反応を示した。まさに、突然の乱心(?)であった。
(運命の糸に操られ、二人の抗争が始まった)
それまでにジュリアと中野との間にはなんの接点もなかった。
ジュリアは自分のモノマネをツイッター上に公開して、中野を挑発した。「今度、中野たむ選手権(中野のモノマネを皆で競うコンテスト)をやるので審査員を頼む」というような内容であった。
いきなり、なんの脈絡もなくジュリアにからかわれた中野は立腹したが、負けじと皮肉を言ったりしているうちに、この二人は頻繁に舌戦を繰り広げる間柄になった。
このバトルが抱腹絶倒であったため、ファンは一日一回、二人のツイッターをチェックするのが日課になってしまった。
見ていて決して悪いものではなかった。むしろ微笑ましいというか、クールなジュリアの意外な一面(お茶目)が見られたし、キュートな中野の真の姿(ほとばしる闘志)を知ることができた。
二人の茶化し合いや異なる人生観、プロレス観の衝突は読者を時に笑わせ、時に唸らせた。何故、ジュリアは中野に噛み付いたのか?
小学校でやんちゃな男子児童が好きな女子のスカートめくりをしてからかう光景がふと目に浮かんだ。明らかにジュリアは中野の存在を意識していた。
悪ガキが意中の女の子を追いかけ回すように、ジュリアの悪乗りが止まらなくなった。
その頃、ファンサービスに熱心な中野は短い動画を作ってはツイッターで発信していた。手に負えないやんちゃなジュリアは中野の「動画の真似」まで始めるようになった。
中野が自分のメイクアップシーンの動画を公開すれば、ジュリアも同じような動画を作って「応戦」した。(厳密にはジュリアが一方的に中野に絡んでいただけ)
目立ちたがり屋の中野はジュリアの一連の行動に、表面上は煙たがっていたが、内心では歓迎していたに違いない。舌戦はますますエスカレートしていった。
挙句の果てに、ジュリアは中野のヘアスタイルまで真似た。
(中野たむの好きなパンダのヘアクリップまで購入して中野をからかったジュリア・・・宝塚の男装の麗人のように見える)
これに対して中野は「ジュリア、ごめん、スターダムはね、可愛くて美しくてかっこいい女子プロレス団体だから、女性しか所属出来ないんだよ。出てって貰える?」と返して一本取った。
痛ましい出来事
2020年5月23日、スターダム史上最大の惨事が発生した。
ジュリアにとっては最高のライバルでもあり、自分に居場所を与えてくれた恩人でもある木村 花が自ら尊い命を絶ったのである。
これを機にスターダムはトークライブを当分の間、中止すると発表した。選手たちのツイッターも楽しい話題で盛り上がることができなくなり、ジュリアVSタムのSNSバトルも「休戦」となった。
(スターダムの統括責任者、ロッシー小川のツイッターより)
ジュリアの傷心は見るに忍びないものであった。彼女は持ち前のキザな言い回しで木村への哀悼の意を表していた。一時期は同じユニットに属していて、木村と交流のあった中野も気を取り乱し、悲嘆に暮れていた。
ジュリアも中野も言動の節々に優しい人柄が垣間見える。
かつて、将棋の中村太地七段が興味深いことを言っていた。
「棋士は優しい性格の人が多いですよ。将棋に勝つためには相手の嫌がる手を指さなければなりません。盤上でいつも人に嫌がらせをしている反動で盤を離れれば優しくなってしまうのかもしれませんね。罪滅ぼしとでも言うか・・・」
レスラーも勝つためには絶えず相手が嫌がる攻撃を仕掛けなければならない。その反動でリングから降りた後は優しくなれるのであろうか。
(甘いマスクで人気の中村七段)
主力選手を失ったスターダムは重苦しい空気の中で再出発をすることになった。折りしも緊急事態宣言が解除され、興行も再開された。
沈痛な空気は依然として残っていたが、「花ちゃんの分まで頑張らなければ」と全選手が組織再生のために全力疾走を始めた。
そのトップランナーはジュリアであった。春の祭典、シンデレラトーナメントを制したジュリアは「時の人」になっていた。
白いベルトの争奪戦
実はそのちょっと前にもうひとつの激震がスターダムを襲っていた。白いベルト(ワンダー・オブ・スターダム)のチャンピオン、星輝ありさにドクターストップがかかり、引退を余儀なくされたのである。スターダムは一ヶ月で二人の大物レスラーを失った。
(ワンダー・オブ・スターダム王者のまま引退した星輝ありさ)
星輝の引退、ベルト返上によって空位となったワンダー・オブ・スターダムの新チャンピオンを決める戦いが始まった。
当初は刀羅ナツコが星輝のベルトに挑戦する段取りであったが、星輝の体調不良がおさまらず、二人のタイトルマッチが流れてしまった経緯があった。
(素顔は意外と美人な刀羅ナツコ)
すでに挑戦権を得ていた刀羅とシンデレラトーナメント優勝でトップの一角に食い込んだジュリアの二人で新王者決定戦を行うのが妥当と思われたが、そこに突如として中野が割り込んできた。
「私には前王者、星輝ありさとの約束がある」と中野は言った。
約束と言っても、それは引退を前に星輝が「このベルトはタムちゃんが巻いてね」と個人的な会話を中野と交わしただけである。中野にとって星輝は「ドリームシャイン」という名のタッグチームを組む盟友であった。
そんな個人的なやりとりは無視してもよさそうなものだが、プロレスの世界では、往々にしてこのようなわがままが罷り通る。
中野に乗じて小波という伏兵も現れた。
(「女寝業師」の異名をとる小波)
小波はスターダムでは珍しい関節技の名手である。彼女の必殺技、トライアングルランサーは完璧に決まれば、超一流のレスラーでもギブアップしない限り、腕が脱臼してしまう。滅多にタップしない中野もかつてこの技に屈した苦い過去を持つ。
(小波の必殺トライアングルランサー)
ワンダー・オブ・スターダムのベルトはこの4人のトーナメントで争われることになった。
一回戦でジュリアは大方の予想通り、小波のねちっこい攻撃に苦しめられたが、持ち前の粘りでそれを凌ぎ熱戦を制した。中野は試合開始のゴングが鳴る前に刀羅の奇襲を受け、予想外の苦戦を強いられたが、最後はスクールボーイ(一瞬の返し技)で辛勝した。
奇しくもSNSで茶化し合いを続けてきたジュリアと中野との間で新王者決定戦が行われる運びとなった。
水着乱闘
実はトーナメント一回戦を前に不穏な出来事があった。
(撮影中の中野たむにからみつくジュリア)
7月14日、スターダムでは都内某所で選手たちの水着撮影会を開催していた。各選手が試合では使用しないビキニ姿などでカメラマンの撮影に応じていたが、中野の撮影中に、いきなりジュリアがやってきて「おまえ、乳出てるぞ」とからんできた。
無視して撮影を続ける中野にジュリアがからみ続け、中野の体を突き飛ばした。「何すんだよ!」と中野が激怒し、二人は水着姿で乱闘を始めた。
(実像は礼儀正しいジュリア・・・自分の意思でこんな非常識なことをするとは思えない)
これが「やらせ」であるという確証はないが、恐らくは会社側が仕組んだ話題作りである。(事前に中野には知らせていなかったように思われるが・・・) 多くのカメラマンがいる場所でこのような事件が起きた場合、その90パーセント以上は仕組まれたものと見てよい。
この類の演出はプロレスにはつきものである。やらせにしてはやけに長い乱闘であり、中野が体内数箇所で出血するという想定外の成り行きとなったが、最後は関係者が割って入り、なんとか二人のいざこざを終わらせた。
翌日のメディアには「水着乱闘」、「ビキニ乱闘」といった刺激的な文字が躍り、会社の思惑通り、二人の戦いに世間の注目が集まった。
プロレス哲学の相克
新王者決定トーナメントの一回戦を突破した中野とジュリアは7月26日、後楽園ホールにて行われるベルトのかかった決勝に駒を進めた。
対戦前、二人はプロレス観をめぐるイデオロギー闘争を展開していた。
中野のファンは実力者でありながら今までシングルのベルトに縁のなかった中野にチャンピオンになってもらいたいという夢を抱いていた。当の中野はベルトには全く興味がなく、ひたすら強くなることだけを望んでいた。
しかし、そのような自分の志向がファンを悲しませていることに気づいた。
中野は自分を後継者に指名した星輝との約束を果たすため、そして、ファンの願いを叶えるために、ベルトの獲得に強い意欲を示した。
(「星輝打倒」の志を捨てぬまま星輝とのタッグを結成した中野たむ・・・表向きは星輝と仲の悪いふりをしていたが、星輝にとって「心の支え」となるかけがえのない友であった)
「私は皆の思いを背負ってこの一戦に臨む」と宣言した中野をジュリアは嘲笑い、「プロレスは一人だけで戦うものだ」と中野のプロレス観を真っ向から否定した。
リアリストのジュリアの冷めた態度にロマンティストの中野は激昂した。「おまえにだけは絶対にベルトを渡さない」と決死の覚悟を表明し、運命を分ける決戦のリングに上がった。
運命の初対決
試合は両者の意地のぶつかり合いとなり、スターダムでは珍しい長丁場の戦いになった。
(中野たむに受身の取れないリストロック式の危険なバックドロップを決めるジュリア)
最後はジュリアのアームブリーカー(ビアンカ)が炸裂し、中野の動きを完全に止めた。
中野は意地でもギブアップしなかったが、半失神状態の中野を見て、これ以上は無理と判断したレフェリーが試合を止め、ジュリアのTKO勝ちとなった。試合時間28分27秒。時間切れ(30分)直前の「薄氷を踏む勝利」であった。
(中野たむとの死闘を制し、第14代ワンダー・オブ・スターダム王者に君臨したジュリア)
凄まじい激闘に観客は言葉を失った。勝ったジュリアは奢り高ぶることなく、中野の根性を認めた。普通のレスラーであれば10秒もしないうちにギブアップする技をかけられながら最後までその言葉を口にしなかった中野の気迫にジュリアは圧倒された。
「おまえの背負っているものがスゲーわかった気がするよ」
前言を撤回するようなジュリアの言葉に中野はしばし感慨に耽った。
幾ばくかの親愛の情を込めて、「またやろうぜ」とジュリアが言った時、この二人は誰もが認める最高のライバルとなった。
木村花の急逝でライバルを失ったジュリアであったが、中野も同じような境遇にいた。星輝とはタッグを組む関係ではあったが、中野の目標は飽くまでも星輝を負かすことであった。アイドルの仮面を被っている中野であるが、その正体は「勝負師」である。
星輝の引退によって、中野も目標を見失った。ジュリアにとっても中野にとっても、新ライバルとの出逢いは熱い戦いに飢えた自己の渇望を満たす天からの贈り物であった・・・
決戦再び
両者の二度目の対決は思いのほか早く実現した。
夏の祭典、ファイブ・スター・グランプリでジュリアと中野は再び相まみえることになったのである。
9月13日、西鉄ホールで両者は一進一退の攻防を繰り広げた。しかし、中野の事前研究がジュリアのそれを上回った。
中野は敗れるたびに敗因を分析をして弱点の克服に努める人である。
彼女のツイッターやインスタを見て、30代になっても「ぶりっ子」をしている寒い女という印象を抱く人は少なくない。
(容姿からは「努力」や「強さ」が全く伝わらない中野たむ)
しかし、それはアイドルという仮面に騙されている人の浅はかな観察である。仮面の下に隠れる素顔は七転八起の努力の人である。このことをファンの大半は見抜いている。
ジュリアの強さの秘密はグロリアスドライバーの威力にある。
(ジュリアのグロリアスドライバーを食らえば苦戦は必至)
この技をかけた後にフォールに入る。弱いレスラーであればそこで終わってしまう。なんとかフォールを免れても、その後にバリエーション豊かなサブミッションホールドが待ち受けている。強烈なダメージが残っている状態で逃れることは難しい。
中野はグロリアスドライバー封じの対策を講じた上で再戦に挑んだ。
中野、完勝で雪辱
予想通り、ジュリアは勝負どころでグロリアスドライバーを仕掛けてきた。
中野は強靭な足腰の力で踏ん張り、ジュリアとの力比べに持ち込み、ジュリアの力に一瞬の弛緩が生じた隙に素早く技をふりほどき、スピンキックをジュリアの頬にヒットさせた。中野にしかできない鮮やかな切り返しであった。
息を吹き返した中野は波状攻撃に出て、ジュリアに粘る余地を与えず、タイガースープレックスの2連発でスリーカウントを奪った。
(二度目の対決はジュリアの完敗)
中野は勝ち名乗りを受けた後、マイクを持って「これで一勝一敗の五分。10月3日は最終決着戦だ!」とジュリアに宣戦布告をした。
中野は会社を口説き落とし、ジュリアのベルトに挑戦する許可をすでに得ていた。スターダムではタイトルマッチでぶつかったばかりの選手を同じタイトルマッチですぐには再戦させない。しかし、中野の熱意に折れた形で例外を許し、すでに両者による二度目のタイトルマッチが発表されていた。
プロテイン合戦
中野とジュリアの天下分け目の一戦を前にスターダムではオンライン記者会見をセッティングした。スターダムの記者会見は半分ショーである。何かが起こるという予感があったが、ここでも妙な茶番劇が待っていた。
(大決戦を前にしてプロテインをかけ合う二人)
通常、タイトルマッチの記者会見では対戦する二人の間にベルトが置かれる。デスクの上にはそのベルトがない。運営側の手落ちであるとは到底考えられない。
いつも準備していることをこの日に限って忘れてしまうということは有り得ない。ベルトがないという時点でその後に始まる二人のやりとりが「やらせ」であることがわかる。
最初は中野が「これってタイトルマッチですよね。ベルトは?」とジュリアに質問する。それに対してジュリアがいろいろと嫌味を言った後に「そこにベルトあるから持ってこいよ」、「プロテインも」と中野に命じる。中野はプロテインだけを持ってきて、その粉末をあろうことかジュリアの頭にふりかける。ジュリアは「おまえ、いい度胸してるな」と言って、今度はジュリアが中野にプロテインをふりかける・・・という事の顛末に視聴者は「なんだ、このコントは!?」は失笑した。
この二人の真剣な戦いに人々はこのような無用の演出を望んでいない。水着乱闘もしかり。スターダムにしては珍しい失策であった。
雪女のように真っ白になった中野の姿を見て、ファンは「タムちゃん、かわいい」と中野が最も喜ぶ賛辞を送った。

ジュリア、初防衛成る
10月3日、横浜武道館で「第三戦」のゴングが鳴った。ジュリアは前回の敗戦を反省し、慎重な試合運びを見せた。中野もいつものように万全の対策を施した上で試合に臨んだが、今回はジュリアの努力に軍配が上がった。
ジュリアはこの試合を前に「たむとの試合は激しすぎて、このまま行けばどちらかが死んでしまうかもしれない」と語っていた。自分が死ぬわけにはいかず、かといって相手を殺してしまうこともできない。
ジュリアは難問に見舞われた。
無事に試合を終わらせるためには自分の技の精度を上げ、凄惨な事態が生じる前に決着をつけるしかない。この思いがジュリアの技に磨きをかける効果をもたらした。
序盤、中盤とも形勢は中野に分があった。タイトル奪取に執念を燃やす中野は万華鏡のように変幻自在に技を繰り出してゆく。しかし、そこからフィニッシュにつなげることができない。サッカーで言えば、敵陣のゴール近くまでは行けてもシュートが決まらないという苦々しい局面が幾度となくあった。
流麗典雅なる中野の攻めにジュリアも懸命に応戦するが、序中盤の技の数では中野がジュリアを引き離している。オーソドックスなレスリングを技の主体とするジュリアに対し、キックを多用する中野は瞬時にリードを奪いやすい。
中野は試合運びの巧さにおいても一流を極める。状況に応じて、適切な技を選び、確実にダメージを与える。
男子プロレスのジュニアヘビー級選手や女子レスラー全般に共通して言えることがある。勝つことよりも華麗な技を出すことだけに熱心・・・これだからプロレスは他の格闘技ファンに笑われる。
高度な技を披露したいがために、強引にその技が使用可能な展開に誘導したり、試合中に一つでも多くの技を出そうとする選手は単なるパフォーマーである。
彼らの試合は「技の展示会」にすぎない。このような安っぽいプロレスを中野は好まない。
中野のプロレスは総合格闘技的なスタイルではないが、プロレスの枠内で徹底的に合理性を追求する。
中野の技は美しいが、相応の効果を伴うものばかりであり、多彩な技をいたずらに乱発することはない。
(膝十字固めのような渋い技も使う中野たむ)
中野は如何なる強敵と対戦しても必ず接戦に持ち込むことができる。それは中野の使用する技が見かけ倒しのものではないことを如実に物語っている。
序中盤では中野にリードを奪われやすいジュリアであるが、フィニッシュにつながる終盤の技の数では中野に勝る。それらの技は相手に余力がある状態ではなかなか決まらないが、相手のスタミナの消耗が激しくなってくると本領を発揮する。
第三戦の勝敗を決定的なものにした技は初戦でも見せたジュリアのアームブリーカー(ビアンカ)であった。完璧に決まっていたが、またしても中野はギブアップしなかった。恐るべき精神力、そしてこの根性!
(リング中央で完璧に決まった「複合関節技」・・・この絶望的な状況でも中野たむは諦めなかった)
両腕、上半身の自由が完全に奪われた中野に唯一可能な抵抗は足をばたつかせることだけであった。激痛を堪えながら、中野はもがき続けた。しかし、ポジションが悪くロープは遠い。
「もう十分だ。ジュリア、やめてくれ・・・」
観客の心にこだまする悲痛な叫びが聞こえてくるように感じられた。それでもジュリアは攻撃の手を緩めない。徐々に中野の目が虚ろになってきた。レフェリーは試合を止める準備に入っているが、信じ難いことに、中野はじわじわとロープに近づいている。
ロープブレークに持ち込むためには、脚力だけで相手の重い体を引きずりながら自分の体をロープに近寄せなければならない。莫大なエネルギーを消耗するこの難作業を、打ちひしがれた肉体で、しかも激痛に耐えながら行わなければならない。常人ならばやる気さえ起こらない、気が遠くなるような脱出方法に中野は挑んでいた・・・
観客は目を覆った。見ている方が辛くなる。
ジュリアが好きな(?)村山大値レフェリーは今すぐにでもストップをかけてジュリアの勝ちにしたかったに違いない。しかし、まだ中野の体が動いている以上、それもできない。
ついに中野の足がロープにかかった。この奇跡の瞬間を見ることができただけでも観客は十分に幸せであった。
「なんて凄い女なんだ!」
ジュリアも観客もそう思った。しかし、勝負の行方は誰の目にも明らかであった。
悶え苦しむ時間があまりにも長すぎた。スタミナを燃焼し尽くしてしまった中野に、もはや勝機はなかった。もうジュリアの技を迎撃する力はない。一発目のグロリアスドライバーは虚勢を張ってカウントワンで跳ね返したが、二発目を返すことはできなかった。
ジュリア、タイトル防衛!
(試合後、「私がまた挑戦するまでそのベルトを守り続けてね。約束してくる?」と指切りげんまんをすると見せかけて「あっかんべー」というオチに観客爆笑)
バックステージで報道陣に囲まれたジュリアは「こんなにやり合えた女ははじめて。タムのお陰で私は強くなれたよ」という短いコメントだけ残して姿を消した。
もう一度チャンスを
ベルトは中野から遠ざかった。さすがに「もう一回やらせろ」と会社に泣きつくことはできない。挑戦者に相応しい選手は他にもいくらでもいる。会社が中野だけを優遇すれば他の選手の顰蹙を買ってしまう。
再び自分に挑戦権が回ってくるまでは、ジュリアに全ての挑戦者を退けてもらいたいと中野は願った。星輝ありさを負かす夢がついえた中野はジュリアしか眼中になかった。
「神よ、私にもう一度チャンスを・・・」
ジュリアとの4度目のシングル対決の実現を祈る日々が続いた。
明暗くっきり
2020年の活躍でジュリアは二つの栄えある賞を受賞し、両手に花の栄光に輝いた。
中野は人々の記憶に強烈な足跡を残したものの、シングルベルト獲得、公式戦優勝といった記録は一つも残すことができなかった。
(シンデレラトーナメントの結果・・・2020年の中野は実力不相応の戦績に終わった)
実力的には同格のジュリアが自分の欲しいものを全て持っていってしまった。この差は一体どこから来るのか? 悶々とした日々を過ごしながら中野は考え続けた・・・





中野の期待通り、ジュリアはワンダー・オブ・スターダムの防衛を順調に続けた。対朱里戦の時間切れ引き分け防衛を除けば、どの試合もジュリアの圧勝であった。挑戦資格を満たすレスラーの全てがジュリアの軍門に下った。
(誰もが認める実力派、朱里)
「時は来た」と中野は思った。
女の命を懸けて
中野はリング上でジュリアへの再挑戦を執拗に迫るようになった。しつこい中野にジュリアはファンを喜ばせるアイデアを持ってくるように命じた。
2月6日の新宿大会でも二人はリング上でやり合った。
ジュリア「あんたさ、なんか面白いこと思いつきましたか? 考えてきましたか?」
中野「面白いこと?」
ジュリア「おまえがなんでもやってやる、そう言ったよな? なあ、私は何も怖くないよ。私はプロレスに人生懸けてるからな。あたりめえだけどな」
中野「私だって人生懸けてやってるんだよ。だから、あんたにつき合って水着乱闘もしたし、プロテインだってぶっかけられてやったでしょ?」
観客は爆笑。水着乱闘、プロテイン合戦がやらせであることをばらしているようなものである。先にプロテインをふりかけた中野が「ぶっかけられてやった」と言ったので、不覚にもジュリアまで笑ってしまった。
再び厳しい顔つきに戻ったジュリアは中野の髪を掴み、「アタシとやるんだったら、おまえは女の命を懸けられるか? 髪の毛懸けれるのかよ?」と凄んだ。
さすがに中野もこれには怯んだ。
中野はスターダムに入団して以来、一度も髪を切ったことがなかった。ボーイッシュなジュリアとは対照的にアイドル出身の中野はどこまでもかわいいことにこだわる。昔のミミ萩原のように長い髪をなびかせて戦うことがアイドルレスラーの姿であると中野は考えていた。
(アイドルレスラーの元祖、ミミ萩原)
「髪の毛? 何言ってんの?」と狼狽する中野にジュリアは「私たち、何回も何回もやってさ、普通にやるんじゃさ、誰も面白くねえんだよ。まあ、ひと晩、部屋の片隅でビビりながら考えて。明日にでも答え待ってるよ」と中野には過酷すぎる要求を突きつけてリングを降りた。
女の決意
翌日の新木場大会で中野とジュリアはタッグマッチでぶつかった。この試合は中野がなつぽいを得意のタイガースープレックスで降して幕を閉じた。
(「リングの妖精」なつぽい)
試合直後、中野がジュリアに詰め寄った。険悪な雰囲気が場内を包んだ。
ジュリア「・・・恥ずかしくもなく、ジュリアの首を狙う、おまえはそう言った。それでも私とやりたいんだったら宇宙一のアイドルレスラー、おまえにとってその髪の毛は大事だよな? その大事な、大事なものを懸ける覚悟があるなら、おまえとシングルマッチやってやってもいい」
中野「ひと晩考えることもなかった。あんたとやれるんだったら、鼻の骨だろうが、奥歯だろうが、髪の毛だろうがなんだって懸けてやってやる。丸坊主になって宇宙一ブサイクなアイドルレスラーになっても構わない。あんたとやれるんなら・・・なんでもするよ」
日頃はひょうきんな中野の鬼気迫る表情と迫力に圧倒され、今度はジュリアが怯んだ。穏やかな声で「わかったよ、おまえの覚悟」と言うに留めた。
中野の覚悟と誠意を涼としたジュリアは翌月3日、日本武道館での対戦を正式に受諾した。(後日、この髪切りマッチにはベルトも懸けられることが決定)
中野は客席に向かって「私はもう2回も負けて何も言える立場じゃないってことはわかっている・・・けど、どうしてもジュリアに勝ちたい・・・もう一度だけチャンスを下さい・・・」と訴え、深々とお辞儀をした。
果し合い
いつもとは違う中野の恐ろしいほど真剣な顔と悲壮感に溢れる声は不気味な衝撃をもたらした。観客は中野がジュリアとの「決闘」に挑もうとしていることを察知した。
通常のプロレスでは、興行に支障をきたさぬために、技にも多少の手加減が加えられる。痛そうに見えてそれほど痛くない技、危険な角度を避けた投げ技、完全に決まる前に寸止めする関節技・・・etc.
中野とジュリアの過去の戦いはすでにプロレスの範疇を越えかかっていたが、次の試合は完全に掟破りの凄絶なものになると観客は思った。二人が口にした「やべぇ試合」の意味が「果し合い」であることが大衆にも伝わったのである。
2月27日、中野はツイッターにこう記している。
「いつからかどんどん差が開いて、髪切りでも何でもいいから闘ってくれってお願いする立場になってた。死ぬほど惨めだった。・・・惨めで、惨めで、惨めで、でも今の惨めな自分を脱却するにはジュリアを倒すこと以外道はなかった・・・」
あまりにも切なく、あまりにも哀しい・・・
異例のメイン
3月3日の日本武道館は岩谷麻優VS世志琥(よしこ)のスターダム一期生対決、林下詩美VS上谷沙弥のワールド・オブ・スターダム選手権試合(通称・赤いベルト)、渡辺桃VS高橋七奈栄の新旧リーダー対決などメイン級のビッグマッチが目白押しとあって、大勢の観客で埋まった。
本来であれば、スターダム最高峰の地位を占める赤いベルトのかかった試合がメインイベントになるが、スターダムは敢えて第二のベルトであるワンダー・オブ・スターダムの選手権試合(ジュリアVS中野たむ)をラストに持ってきた。
(髪切りマッチの後に通常のタイトルマッチが続くことには無理があった)
歴史に残る大死闘
「設立10周年記念」と銘打たれた興行だけあって、どの試合も手に汗握る熱戦になった。しかし、中野とジュリアの試合はそのボルテージの高さを超越する異次元の闘いであった。
今までの二人の試合も凄絶そのものであった。特に第一戦と第三戦は死闘としか言いようのない試合であった。しかし、このたびの試合は死闘という言葉ですら表現不足になってしまう「大死闘」に発展した。
恐らくは22世紀の人々もビデオに残ったこの名勝負を鑑賞することになろう。
メインの試合前、会場にセットされた巨大なスクリーンに何十年も昔に全日本女子プロレスで行われた髪切りマッチの結末が映し出された。
(長与千種の髪を剃るダンプ松本・・・かつて敗者髪切りマッチは女子プロレスの最も残虐な試合形式とされた)
異様な緊張感に包まれる中、両選手が入場。いつものように中野は可愛らしく、ジュリアは格好良く、それぞれの流儀で颯爽とリングインした。
この日に備えて中野もジュリアも万全の準備をしていたことがわかる試合展開であった。中野のダイヤモンドカッターをジュリアが封じ、ジュリアのグロリアスドライバーを中野がリバースDDTで迎撃する新戦法などが観客を沸かせた。
(グロリアスドライバーを空中で堪えて反撃する中野たむ・・・発想力にも身体能力にも驚かされる)
序盤早々、中野が放ったローリングエルボースマッシュでジュリアの奥歯が吹っ飛んだ。
超絶死闘へ
鬼と化したジュリアは常軌を逸した攻撃で中野を防戦一方に追い込んだ。しかし、中野は必死に猛攻に耐え、徐々に反撃に出て形勢の差を縮めていった。
戦いの場が場外に移った後、試合は技と技のぶつかり合いから狂乱ファイトに移行した。
テーブルの上でジュリアは中野にパイルドライバーを見舞った。机が真っ二つに割れた。
リングに戻った二人は明日の体のことなどを度外視して、一線を越えたファイトに明け暮れた。
中野とジュリアが異様な目つきで張り手の打ち合いを始めると、会場は薄気味悪い静けさに包まれた。
静寂な空間の中で二人の女が全身全霊で顔面を殴り合う玄妙な響きだけが聞こえてくる・・・
静まり返った会場の中で、実況席の解説陣もしばらく口をつぐんでしまった。誰も言葉を発しない。二人の危険すぎる意地の張り合いを人々は固唾を呑んで見守っていた。
果し合いの様相を呈してきた。ジュリアが手を後ろに組み、ノーガードの姿勢をとって中野を挑発した。「打ってみろ!」
中野は遠慮なしにジュリアの頬に左右から張り手をかまし続けた。その回数たるや尋常ではなかった。(30回以上)
この攻撃でジュリアの鼓膜が破れ、顎が外れた。
中野の張り手の連発が終わると、今度はジュリアが張り手の速射砲を中野に浴びせた。中野にも意地がある。「打てるだけ打ってみろ!」とノーガードのお返しをした。怒り狂ったジュリアは渾身の力を込めて左右の張り手(20回以上)を見舞い続けたが、中野は最後まで倒れなかった。
会場は一転して騒然となった。
普通の女の子がこんなことをされれば、すぐに意識が吹っ飛び、全治一ヶ月の重症を負ってしまうが、鍛え抜かれた二人は平然と試合を続けた。
相互の信頼関係がなければ、このような壮絶な技の応酬はできない。
中野は相手がジュリアだから何をやっても大丈夫と信じていた。ジュリアも中野であれば手加減なしに思い切り殴っても大事には至らないと信じていた。
通常、限度を超えた攻撃は「病院直行→欠場→始末書(下手すれば、なんらかの処分or解雇」)というパターンが見えているだけに、無意識のうちに自粛してしまうところである。
伝説の技で決着
試合は最後に中野がスピンキックの連発からあっと驚く新技を出して事実上の終止符が打たれた。
ジュリアをブレーンバスターの態勢で持ち上げた中野は猛スピードで垂直落下式に落とした。ブレーンバスターではなかった。
一瞬、時間が止まった。人々は眼前に現れた信じ難い光景を呆然と見つめていた・・・
この瞬間に何もかも終わった。この試合に賭けたジュリアの努力が水泡に帰した。超人ジュリアの粘りもここまでであった。
(デンジャラスな角度でジュリアを落とした中野たむ)
実況中継のアナウンサーが「ウォーッ」と大声で叫んだ。絶叫が5秒間も続いた。
「スタイナースクリュードライバァァァー!!!」
懐かしい技の名を聞いた。スタイナースクリュードライバー、略称SSDは往年の強豪レスラー、スコット・スタイナーが開発した最も危険なプロレス技として語り草になっている。
90年代に世界を震撼させたSSDはあまりにも危険すぎるという理由で使われなくなった。
スタイナーが自主規制をしたのか、雇い主からクレームがついて使えなくなってしまったのか、その真相は誰も知らない。犠牲者、ケガ人が続出したことだけは確かである。
この技は垂直落下式のブレーンバスターとは違って、投げる前に相手の首を空中でくるりと捻る。この動作を加えただけで受身が全く取れなくなり、やられた者は死んだように動きが止まり、体がピクリともしなくなることもある。
(スコット・スタイナー・・・SSDは真似する人すら出ないほど危険極まりない技であった)
20年以上にわたって使われることのなかった幻の技の封印が日本の女子レスラーの手によって解かれた歴史的瞬間であった。
まさに「秘策」であった。ジュリアとの過去の戦いでは、序中盤で優勢を築くも終盤で崩れて辛酸を舐めることを繰り返した。スープレックス系の技を決め技に使用する中野の試合スタイルは、並みの選手には快勝できるが一流選手には勝ちにくいという難点があった。
中野の至宝、トワイライトドリームは決まりさえすれば確実にフォールが奪えるが、技を完成させるまでのプロセスが多すぎて、決まる前にふりほどかれてしまうケースが目立った。
フィニッシュに移行する前の強烈な大技を中野は模索していたのである。
凄い人である。
「宇宙一かわいいアイドルレスラー」とホラを吹き、パンダのぬいぐるみを持ってリングに登場していた中野が陰でこれほどまでに研鑽に励んでいたということを知っている人がどれほどいると言えようか。プロレスに対する貪欲さにおいて、中野とジュリアは群を抜いている。
(パンダのぬいぐるみ、「P様」を自分のロゴマークにした戦略家の中野たむ)
ジュリアとの世紀の一戦を前に、記者会見で中野は「全てを失って、その金髪もろとも武道館のリングに散れ」といつになく冷酷な言葉でジュリアを罵倒した。
しかし、それは舌鋒鋭いジュリアに対抗するための手段にすぎなかった。
(記者会見でも火花を散らす二人)
中野はジュリアとの髪切りマッチが決まった後、ヘアスタイルをいろいろと変えて、その姿をツイッター上で公開していた。下手すればあと少しでこの長い髪ともお別れになる。中野は青春の記録として、連日にわたりそのような動画配信を続けていた。ファンは中野の心中を慮って泣いた。
リング外の中野はどこにでもいるごく普通の女性にすぎない。否、中野の場合は三十路を過ぎても「女の子」という表現の方が似合う。
キャラクターと戦いぶりのギャップがこれほど激しいレスラーは他にいない。料理やお菓子作りが大好きで、御伽の国のようなガーリーな部屋はいつも掃除が行き届いている。
この可憐な女の子がリングに上がれば自分よりも体の大きい相手を軽々と持ち上げる。殴られても蹴られてもびくともしない。
ルックスからは想像できない剛腕とタフネスぶりはプロとしか言いようがなく、それだけでも絶賛に値するが、ファンは中野に実力に見合った称号(選手権保持者)を与えたくて仕方がなかった。
大死闘の終焉
ジュリアに中野のSSDが決まった時、ファンの願いは現実のものとなった。
直後のフォールをジュリアは驚異の神通力で跳ね返して見せた。しかし、SSDを食らった時点で勝敗は決していた。
ジュリアの体を起こした中野はバックを取り、自ら考案した史上最強のスープレックス、トワイライトドリームを決めた。
一年以上も見る機会のなかったこの芸術技の出現に観客はどよめいた。
(ジュリアのことだから、もしかしたらこれでも決まらないかもしれない・・・万一に備えて中野たむはトワイライトドリームの態勢に入った後、腕のロックの決まり具合を確認、念には念を入れて、がっちりと締め直してから投げた)
中野の体が鮮やかな弧を描き、リングの上に美しい橋が現れた。
村山レフェリーがカウントを取る。ワン、ツーとマットを叩き、ここで一瞬、手が止まる。レフェリーは中立でなければならないが、時には私情が入り込む。ジュリアの蘇生を願ったのか?
だが、SSDのダメージが強すぎて、さすがのジュリアも村山レフェリーの期待(?)に応えることはできなかった。
微妙な空白を挟んで、ついにカウントスリーが入った。中野の勝利がアナウンスされた瞬間、中野のテーマソング(入場用の楽曲、歌詞はこちら)が館内に流れた。
(中野たむのオリジナル技と同名の名曲『トワイライトドリーム』・・・中野が自ら作詞して歌っている)
激闘の余韻
両者の激闘を物語るように、中野もジュリアもリング上で大の字になっていた。精魂尽き果てた二人は自力で起き上がることができなかった。
ジュリアは寝たまま体を動かして中野ににじり寄り、自分を髪を中野の髪の上に、自分の腕を中野の腕の上に置いた。
熾烈な戦いが終わり、健闘を称え合う手段がこれしかなかったのかもしれない。今まで闘争心を剥き出しにして、いがみ合ってきた二人は互いの体温を感じながら無言の会話をしていた。
中野は仲間の助けを借りて立ち上がり、やっとの思いでチャンピオンベルトと勝利者トロフィーを受け取った後、リングに片膝をついてマイクを握った。そして今しがた戦いを終えたばかりのライバルの名を連呼した。「ジュリア、ジュリア、ジュリア、ジュリア・・・」
と乱れた呼吸で4回呼んだ後、
「私はやっとあんたに勝てた。もうこれ以上いらない。十分。だから、髪なんて切らなくていい」
と涙声で敗者を労わった。
ジュリアも仲間の手を借りて起き上がろうとしたが、再び倒れ、リングに横たわりながら中野の言葉を聴いていた。寝たままマイクを取ったジュリアは言った。
「私は今日、全てを懸けておまえと戦った、つもりだよ。私は髪の毛も、ベルトも、(ここでようやく上体を起こし)人生も懸けてあんたと戦って、あんたが勝ったんだよ! 違うか?」
「違わない。私も・・・あんたが全部懸けてくれたから私も全部懸けて戦った!」
と中野が言うと、ジュリアは急に寂しげな声で
「じゃあ、恥かかせんなよ」と呟いた。お情けに甘えて髪を保つことを、ジュリアは潔しとしなかった。
負けてこんなに格好良い女はいないと誰もが思った。ジュリアはどこまでもジュリアであった。
(執行用の冷たい椅子の上で思いもかけぬドラマが生まれた・・・)
リングの中央に椅子が運ばれた。まともに歩けなかったジュリアは這うようにして椅子のある場所まで行き、なんとか椅子に腰掛けた。
そして、この日のために呼ばれていた理容師からバリカンを受け取り、「おまえが切れ」と言わんばかりに中野に手渡した。
中野は苦しんだ。今までライバルとしてジュリアとはリング内外で激しくやり合ってきたが、そこにはなんの憎しみもない。
同じ女性として髪を剃り落とされる辛さは身にしみてわかる。この試合が決まってから震える夜を重ねてきた中野にとって、ジュリアの要求はあまりにも惨いものであった。
しかし、映画「ラストサムライ」のエンディングでトム・クルーズが渡辺謙の最期を介錯したように、中野は恐る恐るジュリアの髪に手をかけた。
覚悟を決めたジュリアは両目を瞑り、この時ばかりはとても悲しそうな表情を見せた。それを見てしまった中野の手は突然、震え出した。
一向に髪を切ろうとしない中野の異変に気づいたジュリアがそっと目を開ける。目の前には泣きじゃくる中野の姿があった。その女性的な優しさに、ジュリアは一瞬、感極まったが、すぐにいつもの気丈さを取り戻し、「なんでおまえが泣いてるんだよ?」と言った。
はじめて会場に笑いが漏れた。それまでの凍りついた空気が一瞬にして霧消し、どこからか暖かい風が吹いてきた。
結局、中野はジュリアの髪を切れなかった。理容師にジュリアが「格好良くやって」と声をかけた。
ここからのドラマが圧巻であった。
のどかな光景
断髪中、ジュリアはニコニコしながら中野と私的な会話を楽しんでいた。客席には聞こえない二人のリアルな会話であった。
マイクが入っていないため、会話の全容はつかめない。「鼓膜が破けたよ」とジュリアが言い、中野が申し訳なさそうな顔をしていることだけは最後に紹介する動画で確認できる。この後に中野が何かジョークでも言ったのか、ジュリアが吹き出した。
(中野たむとジュリアの微笑ましいやりとりが観客の心を揺さぶった)
これを境に二人はライバルであることを忘れ、つい先程まで極限の戦いの真っ只中にいたとは思えない無邪気な会話を始めた。
ジュリアが素の声(意外と可愛らしい)で中野に向かって何かを語り、今まで中野には見せたことのない爽やかな笑顔を見せた。
よほど嬉しかったのか、中野もジュリアには決して見せなかった最高の笑顔で応えた。中野の表情は女性的な美しさに溢れていた。人物画を描く画家が飛びつくような母性的な慈愛に満ちた美しい顔をしていた。
激しい殴り合いで顔はパンパンに腫れ上がっていたが、それは美しさに少しの影響も与えなかった。造形的な美しさではなく、澄み切った心の美しさが滲み出ていたからである。
髪切りが佳境に差しかかると、中野は立ち上がり、ジュリアを頭上から見下ろした。
ジュリアは剥げた部分がないかしきりに気にしていた。女子レスラーは頻繁に髪を掴まれるため、抜け毛が激しい。しかも、この試合の前に前哨戦を兼ねたタッグマッチで激突した二人は「髪の抜き合い」までしている。
ジュリアが中野の髪を鷲掴みして引っこ抜くという暴挙に出て、中野もジュリアに同じ蛮行を働いて報復したという経緯があった。
「剥げてる?」というジュリアの問いに、中野が悪戯っぽく「うん、剥げてる」と答え、強面キャラを貫いているジュリアが迂闊にも普通の女の子の声で「やだあ~」と叫ぶシーンが動画で確認できる。待ってましたとばかりに中野が「私がむしった跡がある!」と言ってジュリアを爆笑させたシーンは実に微笑ましい光景であった。
二人の和気藹々としたやりとりはネット上でも話題になった。「タムとジュリアは実際は仲が良いのでは?」という意見も少なくなかったが、二人は決してそのような関係ではない。
中野もジュリアもライバル心が旺盛過ぎて、必要以上に罵り合ってしまうこともあった。しかし、敵対するレスラーがよく口にする「おまえは弱い」、「自分の方が強い」という台詞はこの二人の口から一度も出たことがない。
互いに強さを認め合う二人であるからこそ、どんな辛辣な言葉を使って口論しても、相手を傷つけることはない。
二人の対立は相互信頼、相互尊敬の上に立脚したものであった。
仲良しでもなければ、憎み合う関係でもない。ある面では似た者同士でありながら、あまりにも正反対の要素が多すぎるが故に、二人はリングの中でも外でも、激しい火花を散らしてきた。
互いの強さに惹かれ合った二人は究極の決着戦を、両者が死力を尽くして戦う敗者髪切りマッチに求めたのであった。
断髪が一段落した。最後には控え室で丸坊主にされたが、ジュリアの髪はこの場では全てを切り落とされなかった。サイドとバックだけ刈り上げられたジュリアはファッション雑誌のモデルのような髪型になった。
マイクを持った中野が甘ったれた声で「ずるいよ。お洒落じゃん」と言った途端、観客は大爆笑。
昭和の女子プロ髪切りマッチでは、断髪時に観客の若い女の子が泣き叫んでいた。敗者も泣いていた。重苦しい雰囲気が会場に立ち籠めたが、令和の髪切りマッチは違った。
髪を切られながら勝者と明るく会話をする敗者、ジョークを言い続ける勝者。誰もが想像し得なかった爽やかな幕切れに観客は感動した。
「なんでおまえが泣いているんだよ」(ジュリア)で「悲壮感」がほぼ一掃され、「ずるいよ。お洒落じゃん」(中野)がトドメを刺した。もうそこには悲しさも切なさもなかった。
昭和の時代のように敗者を哀れんで泣く人は一人もいなかったが、それとは別の理由で観客の大半は泣いていた・・・
涙腺崩壊
「ずるいよ。お洒落じゃん」と言われた後、ジュリアはすかさず「おまえもやれば?」と口撃した。敗者が勝者にも髪切りを勧める滑稽さに中野が戸惑っていると、ジュリアは更に毒舌を浴びせかけた。
「おまえがやったら宇宙一ブサイクになっちゃうもんな」
中野は「本当、こういうとこむかつくよねー」と可愛らしく憤慨した後、「でもさ、こんなこと本当は絶対言いたくないんだけど」と前置きして、「私は、ジュリア、あんたがいたから強くなれた・・・ありがとう!」とライバルに感謝した。
そしてすぐに後ろを向いた。
前回の試合後にジュリアが記者団に語った同じ言葉を中野は直接、ジュリアに返したのである。ここで二人の今までの経緯を知っている観客の涙腺が崩壊。
一瞬、ジュリアも涙ぐんだ。
しかし、すぐにいつもの調子で「うるせえ」と吐き捨て、急に優しい声で「この白いベルトの価値は私が上げてやりたかったけど、おまえならやれるんじゃないの?」と言うや否やマイクを投げ捨て、椅子を蹴飛ばしてからリングの片隅に退いた。
千両役者のジュリアらしい気取った振る舞いであった。ジュリアは渡辺 桃の持つ連続防衛回数の記録を塗り替え、このベルトをワールド・オブ・スターダムを超える首位の座にしようと画策していた。
中野に敗れてその野望が打ち砕かれた今、中野に自分の果たせなかったことをやってみろ、お前の実力ならば可能性は十分にある、と激励したのである。
新王者の宣誓
中野は自信に漲った声で言った。
「私はこの白いベルトの聖なる王者として記録にも記憶にも名前を刻んでゆく」
そして、ジュリアに再び宣戦布告をした。
「このベルトの価値、上げておくからさ、あんた早く髪伸ばして逆襲しにこいよ!」
最後の言葉はアドリブが苦手な中野にしては冴えていた。むしろジュリアが言いそうなキザな台詞であった。
この試合では中野がジュリアの持ち技、グロリアスドライバーを使用するという奇策に出て観客を驚かせたが、度重なるジュリアとのリング内外の戦いを通じて、中野はプロレス技もトークスキルも盗んでしまった。
ライバル関係に戻った二人は再び睨み合った。
ジュリアが「そろそろお客さんに挨拶しろ」とゼスチャーで示唆すると、中野は観客に感謝の言葉を述べ、スターダム恒例の最後の締めにかかった。
「今を信じて 明日に輝け We are STARDOM. ありがとうございました!」
万雷の拍手が鳴り響き、再び会場に中野のテーマソング、『トワイライトドリーム』が流された。中野が立ち上げた新ユニット、コズミックエンジェルスのメンバー、白川未奈とウナギ・サヤカが中野に駆け寄り、中野を担いだ。
(コズミックエンジェルス・・・左から白川、中野、ウナギ)
感動のフィナーレ
肩車の上から中野が観客に向かって敬礼のポーズをとり、ニッコリと微笑んだ。とても可愛かった。
その天真爛漫であどけない顔をジュリアはリングの下から暖かい視線で見守っていた。
そして、関係者に「今、何時何分かわかりますか?」と、とても丁寧な口調で尋ねた。
二度目の緊急事態宣言の影響でスターダムは午後8時までに興行を終えるように行政側から要請を受けていた。まだ多少の時間があることを知ったジュリアは急いでリングに戻り、肩車から降りた中野に握手を求め、右手を差し出した。
雪解けムードになったとはいえ、今までジュリアとの間にひと悶着もふた悶着もあった中野はほんの一瞬、握手を躊躇った。
ジュリアは素早く右手を引っ込め、左手で中野の右手をぎゅっと掴んだ。瞬く間の出来事に何がなんだかわからず唖然とする中野・・・
(突っ張り通したジュリアも最後は中野たむの偉業を称えた)
気がつけば、ジュリアは中野の手を高々と上げ、観客に拍手を促していた。戦友の粋なはからいに中野は思わず目頭を熱くした。
大勢の観客が泣いていた。溢れる涙をマスクで拭う人もいた。コロナ禍で苦しむ人たちに、中野もジュリアも、未来永劫心に残る「感動」という名のギフトを贈ったのであった。
悲願のベルトを手にして花道を歩いて退場する中野に今一度、拍手の嵐が巻き起こった。
中野が出口の近くまで来た時にリングアナが中野の名をコールした。
「第15代ワンダー・オブ・スターダムチャンピオン、ナカノゥ タムゥゥゥ!!!」
万感の思いを胸に中野はベルトを抱きしめて大号泣、その場に倒れ込んでしまった。武道館を満員にしてコンサートを開くというアイドル時代には果たせなかった夢が形を変えて成就した。
花道で倒れた中野は会場に響き渡る『トワイライトドリーム』、自分自身の歌声に聴き入っていた。今、手にしている白いベルトはかつて追いかけた遠い虹であった・・・
チャンピオンになってこれほど狂喜したレスラーを今までに見たことがない。
激闘の後に展開されたこの熱いドラマの一部始終を下の動画は歴史の語り部となって伝える。
控え室で報道陣の取材に応じたジュリアは「中野たむと同じ時代にレスラーになり、中野たむと出逢えたことが嬉しい」と中野との邂逅を喜ぶコメントを残した。
Epilogue
一夜明け、中野はツイッターを更新した。そして昨日の敵に改めて感謝の意を表した。
「ジュリア、ありがとう。あなたがいたから、私は強くなれた」
これに対するジュリアの返信が心憎いほどクールであった。
「最初っからムカつくくらい強いよ。おめでと」
デュエルの第一章を終えた二人は次なる闘いに向けて再び歩み出した。(了)
リヴィエラ倶楽部
佐々木智親

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