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余命幾ばくもない少女はなぜ一人のナースだけに恩義を感じたのか?
※姉妹サイトの人気コラム、P華牌RRwith清水あいり 150de遊タイム【新解釈基準攻略】のCoffee Breakより全文引用
岡山県内の某病院に白血病の少女が入院した。まだ「看護師」という呼び方が一般的でなかった頃の話。
毎晩、白衣の天使たちはこの少女を寝かせるのに苦労した。病に苦しむ少女はなかなか寝つけなかった。宿直の看護婦は絵本を読み聞かせ、少女を眠らせることを日課とした。2ヵ月半後、院内で少女は8年の短い生涯を閉じた。
しばらくして、少女の母が病院を訪ねてきた。そして、一人の看護婦に頭を下げ、「娘が大変お世話になりました。これは娘の遺言に基づくものです。お受け取り下さい」と持参した菓子折りを渡した。「娘のために絵本を読んで下さったことへのお礼です」。看護婦は戸惑った。
看護婦「お嬢様の就寝時に絵本を読むのは私たちのルーティンでした。他のナースも同じことをしておりました・・・」
少女の母「いや、娘はあなたにご恩があると言っていました。娘はあなたに必ずお礼をするよう私に頼み、『ママ、約束、絶対忘れないで』と言い残してから旅立ちました」
看護婦「なぜ私だけに?」
少女の母「他の看護婦さんも絵本を読んで下さいましたが、娘が眠り始めるとお役目が終わったということで、すぐにナースステーションに帰ってしまいました。まあ、それが普通なんでしょうが」
看護婦はその場で泣き崩れた。少女が亡くなる前に自分の名前を尋ねた理由がやっとわかったからである。
幼くしてこの世に別れを告げようとしている少女に自分は何もしてあげられない。せめてそばにいてあげて、この子のために全身で祈ることだけが自分にできる唯一のことであると彼女は思った。だから、少女が目を覚ました時はすぐにまた絵本を手にして物語の続きを聞かせた。他の看護婦が疲労困憊で早く自由になりたいと思う時に、彼女は自由を捨て、他人のために貴重な時間を費やした。命を削りながら病と闘う少女に寄り添うためには、自分も尊い何かを犠牲にしなければならない、と。
嗚咽の止まらぬ看護婦をなだめるように貴婦人は話し続けた。
「夜中に目を覚ますたびにあなたがまだベッドの横にいらっしゃったことを、娘は何度も目撃しています。薄暗い病室の中で、迫り来る死と孤独に向き合っていた娘にとって、それは大きな励ましでした。あなたのひたむきな献身が娘にはとても嬉しかったのです。娘があなたの名前を尋ねたのは、短い人生で出逢えた最初で最後の恩人の名を私に伝えたかったからです。この世から旅立とうとしている自分にはできないあなたへの恩返しを、私に託すために・・・」
リヴィエラ倶楽部


ドイツ兵の逡巡
決断
囚われの身となり・・・
後悔
運命の不思議
正しかった選択


人間の美醜が露に
最初で最後の祈り
聞いてください、神様、今までぼくはあなたに話しかけたことなど一度もありません。
けれども、今、あなたに何かを訴えたいのです。
子供の頃から、ぼくはあなたなんかいないと聞かされてきました。
愚かにも、ぼくはそう信じてきました。
今まで一度もあなたのみ業のことを考えたことがありませんでした。
でも今夜、頭上にきらめく星を眺めていて、人の残酷さに気がつきました。
神様、あなたの手をぼくの上に置いてくださるでしょうか?
とにかくぼくはあなたに語りかける。あなたはわかってくださる。
光がぼくに出会うのは別に不思議ではありません。
ぼくは、この呪わしい夜にあなたに対面しています。
もう言うべきことはありません。
とにかく、あなたを知ることができて嬉しいのです。
真夜中にぼくの隊は出撃の予定です。
でもあなたがご覧になっているので、怖くありません。
合図です。もう行かなくては。
あなたと一緒で幸せでした。
もう一つ言わせてください。
あなたがご存知のように戦いは激しく、
今晩、ぼくはあなたのドアを叩きに行くかもしれません。
今までぼくはあなたの友ではなかった。
それでも今夜、ぼくが行ったら入れてくださいますか?
どうしてぼくは泣いているのでしょう。
神様、あなたはぼくに何が起こったかお分かりですね。
今晩、ぼくの目は開かれたのです。
さようなら、神様。もう行かなくてはなりません。
多分生きては帰れないでしょう。
おかしいのでしょうか、ぼくは、もう死を恐れてはいないのです。

心に勝る技はなし
上の小見出しは、かつて私が勤務していた会社の若き常務(のちの社長)の名言です。
この会社は自己啓発に熱心な人々に異業種交流会やセミナー等の機会を提供する会員制クラブを運営していました。私は事務局スタッフの末席を汚し、メンバー(顧客)向けのイベントを企画する仕事に従事していました。
こんなエピソードがあります。
ある会員のご令嬢(5歳の幼児)が難病に見舞われ、手術当日に同じ血液型(B型)の人間が50人も必要な事態に直面していました。複雑な医学的事情により血液銀行にある凍結された血液では無理とのことでした。
手術に立ち会うことが可能な50人の輸血協力者を自力で集めることができなければ、娘の命は助からないという過酷な状況に置かれたその人は愛知県内の某市役所に勤務される方でした。
はじめは職場の仲間に協力してもらおうとしましたが、「業務に支障が生じる」、「前例がない」という理由で上層部から拒絶されました。同じ依頼を上部機関の愛知県庁にも出しましたが、同じ理由で断られました。実に冷たい世の中です。
私が呆れたのは「前例がない」という発想です。人道的に必要なことであっても前例がなければできないということは、多少の悪事も前例さえあればできるというのがお役所の論理なのでしょうか。
市役所の規模であれば、たしかに業務に影響が出て市民に迷惑をかけるという言い訳も成り立つでしょうが、県庁の職員数を考えれば、上手にやりくりすることはできたはずです。
切羽詰まったその人はなんと私の会社の顧客相談室に電話をかけてきて、「御社の従業員の方々に協力していただけないでしょうか」と泣きついてきました。
その人の娘を助けなければならない義理など少しもない、縁もゆかりもない私企業に対して、顧客の一人であるということだけを盾にして、こんな依頼をしなければならなかったその人の辛い心情は察するにあまりあります。
「一生のお願いです。娘の命を見捨てないで下さい」
泣きながら同じ言葉を何度も繰り返す顧客に、電話に出た社員はうろたえるばかりでした。
この会社の従業員の大半は「内勤営業」の社員でした。彼らは一般個人に電話をかけてダイレクトセールスを行っていました。
「電話営業」と言えば、押し売り、消費者センター等を連想して良い印象はないかもしれません。全国各地の営業所では、体育会的な雰囲気の中で、気合を込めて受話器を握った営業マンたちが朝から晩まで大勢の人々に電話をかけまくり、必死に食らいつく営業活動を展開していました。
電話営業の最大の利点は東京の人に電話をかけて、断られた1分後には埼玉の人と話ができる時間効率の良さにあります。
東京から埼玉に移動する時間が全くかかりません。入会するために約30万円が必要なクラブでしたが、片っ端から電話をかけまくれば、統計上、確実にオーダー(申し込み)が発生します。凄腕の営業マンは一日に数件の契約を取ることすらあります。
50人の営業マンが一日拘束されるだけでその日の売り上げは激減します。
のちに私の上司となるW氏がそのダメージを計算したところ、50人の平均的な能力の営業マンが勤務を離れて輸血に協力すれば、一日の売り上げが一千万円ダウンするという結論に達しました。
これは飽くまでも営業上の損失にすぎず、実際は交通費などを含めてそれ以上のダメージがあります。
顧客相談室に泣きついてきた会員への対処は最終的に会社のブレーンであった法務担当のW氏に委ねられることになりました。人一倍正義感の強いW氏は燃えました。なんとしてでも窮地に陥ったこの人を救ってやろう、と。
当時、営業部門全体を統括していた常務は見るからに金の亡者のような人でした。正義、誠実をこよなく愛するW氏とは一見して正反対に見える人でした。
一件でも多くのオーダーを取らせるべく社員を煽りまくり、ブレーキの壊れたダンプカーのような暴走ぶりで会社の売り上げを激増させ、ついに銀座に本社を構える企業にまで成長させた立役者です。
成績優秀な営業社員には一着20万円もする高級スーツの仕立て券をプレゼントしたり、年に2回、営業コンクールを開催し、ノルマを達成した部署の社員を全員、会社のお金で海外旅行に行かせたりする豪放磊落な人物でした。
常にインセンティブをちらつかせて社員の士気を高め、幹部社員には中小企業のサラリーマンでは考えられない高給待遇(例・年収2000万円)をして自分の忠実なしもべにしてしまう手法は金権政治の名手、田中角栄氏を彷彿させたものでした。
そんな常務にW氏は恐る恐る近寄り、土下座してお願いをしました。「常務、ぶん殴られることはわかっています。私を何度殴っても結構ですから、ある人の命を救って下さい!」と頭を下げ、震える声で「実は、ある会員さんから奇特な陳情がございまして・・・」とその内容を打ち明けました。
営業損失の試算結果に話が及んだ時、W氏の額からは脂汗が滲み出ました。本当に殴られるかもしれない、解雇されるかもしれない・・・
常務は怒り狂った表情で机の上に置かれた嘆願書を物凄い勢いで跳ね飛ばしました。
W氏が何日もかけて書き上げた数十頁にも及ぶ嘆願書は空しくも床に落ちました。「分厚い嘆願書」はW氏の執念の産物でした。
社員から「営業の鬼」と恐れられていた常務。ものを売ることにかけては天才的でも、人としての情がどこまで通じるのかわからないこの人に真正面から話をしても相手にされないだろうという不安が当初、W氏の脳裏をかすめていました。
W氏は医学書を自費で購入し、それがどういう病気であるか、何故、50人の献血が手術日に必要なのかというような事柄に至るまで、微に入り細を穿つ嘆願書を書き上げました。ところどころに心臓の絵など説明に必要な手書きのスケッチまで挿入されていました。
「これだけの意気込みを示せば、お金にがめつい常務の心を少しは動かせるかもしれない」とW氏はこの嘆願書に一縷の望みを託したのです。数日間、通常業務をほとんどせずに嘆願書の作成に明け暮れていたわけですから会社の視点で見れば、仕事をさぼっていたことになります。
非情にも、常務は最初の一頁にすら目を通すことなく、机に置かれた分厚い嘆願書を片手で弾き飛ばしました。こんなものは読む気にもならないと言わんばかりの態度でした。W氏の数日間の苦労が水泡に帰した瞬間でした。
「やはり、この人にこんな話を持ちかけること自体、土台無理だったか」と諦めかけた時、W氏に放たれた常務の言葉は予想だにしないものでした。
「おい、こんなものを書いている時間があるんだったら!!!」
と常務は怒鳴り、
「本来の仕事に精を出せ!」
とでも言うかと思いきや、
「人の命と一千万円、どっちが大事なんだ!? 一千万円か?」
「もちろん、人の命です。ですから、私はこの嘆願書を作成し、常務に無茶な要求をのんでもらおうと・・・」
「だったら、一刻を争う問題じゃないか。Wさん、こんなものを書く前にもっと早く俺のところに来いよ」
常務は一転して諭すような口調で言いました。
「世の中にはな、何事にも優先してやらなければならないことがあるんだよ。この件がまさにそうだな。こんなものを書くのに何日もかけるとは、なんて間抜けなことを・・・」
どうやら予想は良い意味で外れて、常務は意外にも売り上げを度外視して、幼い女の子の命を救いたい様子でした。
人は見かけによらないものだとW氏は常務を見直しました。ふと気づけば頬には大粒の涙が流れていました。
「市役所にも県庁にも断られて当社に泣きついてきたんだ。見捨てるわけにはいかない。俺が号令をかけて、当日までに名古屋、東京、大阪の営業所からB型の社員を50人集めてみせる!」
と常務は力強い口調で叫びました。
「平日なので売り上げに甚大な影響が出ます。常務、正気でしょうか」とW氏が念を押すと、
「気にするな」
と涼しい顔。
しかし、W氏にはもう一つの不安がありました。気がかりなことが他にもあったのです。
「常務、B型の社員に手術への協力を強制することはできないと思います。自らの意志でもって協力してくれるボランティアを募らなければパワハラによる人権侵害になります」
とW氏が言いかけた途端、常務は再び語気を強めて言いました。
「人権? それは現代の美しい偶像だ。そんなものを拝むほど俺はアホじゃない。手術は間近に迫っている。そんな配慮までする時間の余裕はないぞ。俺が職務命令としてB型の社員を病院に出張させる。会社の業務の一環としてな。うちの社員ならば喜んで従ってくれるはずだ」
さらに続けて、
「俺は今すぐに動く。名古屋、東京、大阪の社員の血液型を調べる。B型の社員が50人もいなければ、広島、仙台の営業所からも社員を動員する。それでも足りなければ、札幌、福岡の社員もな」
「莫大な交通費がかかりますが・・・」
「構わん。俺が全責任を負う。心配するな」
その後、常務はW氏の見ている前で各営業所の所長、営業統括本部の部課長クラスに連絡をとり、すべきことを命じ、当日の段取りをあっというまにつけてしまいました。
手術当日、名古屋営業所以外の社員は新幹線で名古屋に向かい、病院到着後、数時間に及ぶ手術に立ち会いました。帰社したのは営業時間が終わろうとしている頃でした。
この日、輸血に協力した社員は貴重なセールスの時間を奪われ、残務処理的な仕事しかできませんでした。
固定給+歩合給でサラリーをもらっている営業社員は常務の命令による「特異な仕事」で稼ぎを減らしました。しかし、不平をこぼした社員は一人もいませんでした。
彼らの関心は大手術を受けた女児の生命の行方だけでした。実は、手術が実現したとしても助かる見込みはそれほど高くはなかったのです。
常務はそれを百も承知の上で一千万円という大金を捨てたのでした。
このことを知っている社員たちは、自分たちのコミッション(一件の成約につき数万円の成功報酬)など数字が小さすぎて、取るに足らないものだと思いました。毎月、家のローンの支払いに四苦八苦している営業力の低い社員もこの日ばかりはそんなことはどうでもよいという心境でした
残業中、ダイレクトメールの宛名書き、切手貼り等の雑務をこなしていた彼らは明らかに落ち着きを欠いていました。自らの血液が流し込まれた女の子が助かりますように、という祈りがオフィス全体を領していました。
手術の成功を伝える一報が入った時、各地の営業所からは大歓声が沸き上がりました。
この日、幼子(おさなご)の尊い命が救われ、会社は試算通りの損失を被りました。
ところが、不思議なことに、この出来事を境に、会社はめざましい躍進を遂げ、子会社を次々と立ち上げる業界ナンバーワンの企業に成長しました。
後日、社長以下、会社の役員たちがお見舞いの品として篭詰めの果物を持参して、その顧客のご自宅を訪ねた時のことです。顧客はありったけの言葉を駆使して心からの謝意を伝えました
「本当に御社には頭が上がりません」
「まさか民間の企業が娘を助けてくれるとは・・・」
「私は御社が運営される団体のメンバーシップを買っただけです」
「全国に何万人もいる客の一人にすぎません」
「皆さんともはじめてお目にかかりましたし、御社との特別なコネもありませんでした」
「私は門前払いを承知の上で最後の賭けに出たのです」
「そんな私の願いを御社は真摯に受け止めて下さった」
「私は一生かけて御社が被った不利益を弁償させていただきます」
その顧客は役員たちと目を合わせることすらできませんでした。
しばし沈黙の後、
「弊社の損失はとても一個人が返済できる金額ではありません。弁償は固辞します。人の命を救えただけで私たちは十分に幸せです。きっと、輸血に協力した社員たちも同じ思いでしょう。彼らはコミッション契約で働いていますので、手術の日は一件の契約も取れず、そういう意味ではさぞかし辛かったとは思いますが、それを上回る幸せが彼らを包み込んだことでしょう。弊社はそういう人物しか採用しませんので・・・」と常務が語りかけた途端、顧客は号泣しました。
業務に支障が生じようと決して倒産することのない市役所からも県庁からも見捨てられた少女の命を救ったのは、神がかった営業力で名もない企業で成り上がった一人の勇者の剛毅な決断でした。それは無償の愛、アガペの愛でした。
困っている人を見て助けずに放置するという選択肢は常務の頭の中には最初からなかったのです。お金の問題ではなかったのです。
ましてや人の命を救うにあたり前例の有無を気にするような官僚的発想などあるわけもない。美談を商売に利用するような企みもなく、その後、このエピソードが常務の口から語られることは一度もありませんでした。
常務はごく当たり前のことをしたとしか思っていなかったのです。ここに人としてのスケールのでかさがあります。
私はかつてこの会社に勤めていたことを誇りに思っています。この会社で社会人としての第一歩を踏み出せたのは幸運なことでした。この会社の役員に可愛がっていただき、この会社の上司、先輩から社会の仕組みを習い、仕事の基礎を叩き込まれ、人としての道を教えていただいたことに感謝しています。
今、私は通訳、翻訳、当倶楽部の運営という全く違う仕事をしていますが、私の社会人としての原点、仕事力の源泉はいずれもこの会社にあります。この会社で鍛えられていなければ今の自分はなかったと思いますし、このようなコラムを書いたり、パチンコ攻略ノウハウを開発することもできなかったと思います。
今考えても信じ難い話です。
一千万円がひと粒のピーナッツにすぎない世界有数の大企業ならばさほど驚くに値しない話かもしれませんが、普通の企業では有り得ない話と言えないでしょうか。まだ成長途上の中小企業にすぎなかった頃、倒産の危機と背中合わせでこの大英断に踏み切った常務を私は心の底から尊敬しています。
令和の時代、このような話が少しも珍しくない世の中になってほしいものです。
リヴィエラ倶楽部
佐々木智親(最強攻略法・海殺しXの開発者)

