2022年11月の記事 (1/1)
- 2022/11/23 : 羽生善治VS藤井聡太 夢のタイトル戦が実現! [勝負師の魂]
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羽生、驚愕の全勝

全盛期の羽生であれば、全勝という結果にも誰も驚かないが、ここ数年、不本意な成績に甘んじていた羽生の突然の復調にファンは熱狂した。
2018年に最後のタイトルを失って以来、無冠の状態から這い上がれずにいた羽生。齢五十を過ぎて限界説まで囁かれていたが、そのような杞憂を払拭した格好となった。
豊島相手に完勝

羽生VS豊島戦は豊島の序盤構想の失策を咎めた羽生が37手目にして大きなリードを奪い、終局まで大差を保ち続けて逃げ切った。
絶望的な状況に置かれながらも、豊島は簡単には土俵を割らず、持ち時間4時間の全てを使い切り、羽生が一手でも間違えれば一気に紛れる局面に誘導して、数パーセントに満たない逆転の可能性に賭けたが、今回の大チャンスを逃せば年齢的に次のチャンスがもう巡ってこないかもしれない羽生はなりふり構わず「安全な手」を指し続け、最後は「激辛流」の指し手(攻め合ってもすぐに勝てるにもかかわらず、万一の逆転を警戒して敢えて攻めず、絶対に負けることのない受けの手)を連発して完勝した。もしかしてこの王将戦が生涯最後のタイトル戦になるかもしれない。一世一代の大勝負である。鮮やかに勝つことよりも確実に勝つことを選んだ羽生は勝勢になった後も小刻みに時間を使い、万一の読み抜けに備えてこのうえなく慎重に戦って完勝した。
現棋界の勢力図

今の将棋界は8つのタイトルを藤井五冠、渡辺明名人・棋王(写真)、永瀬拓哉王座の三人で分け合っている。この三人をかつてのビッグタイトル保持者、豊島が追う展開となっていて、その他の棋士は檜舞台の蚊帳の外に置かれている。
叡王を除く全てのタイトルで永世称号を獲得した羽生は通算タイトル獲得数が歴代1位の99期まで伸びていた。年齢的にピークはとうに過ぎているが、引退までにもうひと花咲かせて、タイトル獲得数を3桁の大台に乗せられるかどうかということにファンの関心が集まっていた。
しかし、何年も不振が続く羽生を見て、大半のファンはこの大記録の達成を諦めかけていた。
時代の終焉
無冠になってからの羽生は精彩を欠いた。2020年には竜王戦の挑戦者になったものの、当時の豊島竜王に1勝4敗で敗れ、タイトル100期の夢は儚くも散った。今年の3月にはトップ棋士の象徴とも言えるA級(トップ10)からも陥落して、あたかも一つの時代が終焉したかのように見えた。
羽生が無冠の帝王になってからの数年間は何一つ目立った活躍がなかった。アキレス腱炎による歩行障害や無菌性髄膜炎による体調不良も勝率に響き、今までの実績からは考えられぬほど負けが込む状態が恒常的に続いていた。
AI革命
往年のスター棋士の勢いに翳りが見え始めた頃、将棋界には才能豊かな若手棋士が急に台頭してきた。藤井と研究会で凌ぎを削る永瀬王座(写真)は所有するタイトルの数では渡辺名人の後塵を拝するが、棋士の真の実力番付とも言われるレーティングでは藤井に次ぐナンバー2の地位にある。
将棋の研究に余念がなく、あらゆることを犠牲にしてでも強さを追求する永瀬のストイックな生き方は「軍曹」というニックネームを彼に与えた。
ここ数年でAIが発見する新手により、将棋のあらゆる定跡が塗り替えられた。
一つの定跡がすっかり変わった後、別のAIが別の新手を発見することもある。どの定跡もバージョンアップが繰り返され、永瀬のように一日に10時間以上も研究に没頭する棋士以外はなかなか勝てない時代になってしまった。
我が道を行く
しかし、今期の王将リーグでは永瀬王座、渡辺名人、豊島九段(元竜王・名人)の全員が羽生に苦杯を喫した。羽生は52歳にして、檜舞台に戻ってきたのである。
羽生が長期のスランプに陥った原因の一つにAIの存在がある。あまりにも急速な変化を遂げた序盤戦術に稀代の天才もすぐには順応できなかった。

しかし、若手棋士の大半はAIが最善と判断する手の理由を考える時間すらもったいないと思っている。真相究明までに何時間も駒を動かして無数の局面を検討する作業に意義を見出せないのであろう。そんな時間があれば、次に対戦する相手の得意戦型や自分との対局で現れそうな局面を想定して、あらゆる変化の最善手をAIに聞き、それらを全て丸暗記して対局に臨む方が明らかに得策であると考える棋士が多いのである。
しかし、合理的ではあっても目先の勝利しかもたらさないこの安易な方法を羽生は嫌った。AIが推奨する手でも自分が納得しなければ指さない、AIが悪いと認定する手でも成算があれば平気で指すという信念を羽生は貫き通した。
復活の狼煙

研究にはAIを用いながらもAIの示す結論には盲従せず、長年の経験の果実(大局観)を重視した羽生は自分の将棋の新しいスタイルを確立していった。この努力は一朝一夕には実らなかったが、今シーズンに入ってからは、今までAI流の奇想天外な指し手で自分を悩ませた若手のホープたちを次々と負かすようになった。
まだ強くなれる
久々にタイトル挑戦を決めた羽生の復活はまたたくまにニュースとなり、日本中を駆け巡った。NHKも民放も羽生の王将挑戦を速報で報じた。終局後は記者会見まで開かれた。(下記動画) タイトルを取ったわけでもなく、ただ挑戦者になっただけでマスコミが騒ぎ立てるのは羽生の復活を願う人の多さを如実に物語っている。
記者会見では藤井との新旧天才対決、タイトル100期の可能性にマスコミ各社の関心が集中したが、当の羽生は藤井と最高の舞台で合いまみえることを楽しみとしながらも、「自分の実力を上げることが最優先の課題である」と明言した。その結果がタイトル奪還につながり、通算100期に届けば嬉しいが、100という数字にこだわり特別に意識することはないと語った。
年齢からくる衰えについて記者たちは直接的な言葉を避けながらも「まだやれるのか?」と遠回しに質問した。これに対して、羽生は「今から強くなれるかどうかはわからないが、まだ強くなれると信じて頑張るしかない」と答え、同世代のファンを泣かせた。
言い知れぬ哀しみ
羽生はデビュー直後の藤井と「炎の七番勝負」という企画で非公式戦を戦ったことがある。藤井の将棋があまりにも異次元過ぎて、落日のチャンピオンは順当に負けた。終局後に羽生が見せたもの哀しい表情を忘れることができない。何かに怯えるような・・・
プロ棋士は基本的にポーカーフェイスである。負けた者があからさまに悔しがることもなければ、勝った者がはしゃぎまくることもない。天才集団に身を置く実力伯仲のライバル同士が何度も顔を合わせ、勝ったり負けたりしているのである。一回くらい勝って喜んでいる場合ではないし、ベストを尽くして負けてしまった時は素直にその結果を受け入れるしかない。勝っても負けても次の戦いのことしか頭にないのである。
しかし、この時の羽生は明らかに落胆していた。それはその一局に負けた悔しさから来るものではなく、長すぎた自分の時代にようやく終わりが訪れたことを悟ってしまった悲哀のように思われた。
天才は天才を知る。中原 誠16世名人がまだ現役の名人であった頃、記録係を勤めていた小学生の谷川浩司少年(デビュー前)を指差し、新聞記者に「今、谷川君のサインをもらっておくと後で値打ちが出ますよ」と言った話は有名である。実際にその10年後に谷川は名人になっている。
羽生も次代の王者が藤井であることを瞬時に見抜いたのであろう。
当時の羽生は三冠を辛うじて維持していたが、若手相手に薄氷を踏む防衛戦を強いられていた。将棋の感覚が共通している同世代の強豪には難なく勝つことができた。しかし、同世代のライバルの大半はすでに第一線から姿を消していた。羽生のタイトルに挑戦してくる者はいつしかAI世代の若手棋士に変わっていたのである。
それまでの羽生は番勝負でもストレート防衛や負けても1~2敗が多かったが、未知の将棋で挑んでくる若手相手に苦戦することが多くなり、タイトルを防衛することはできてもフルセットまでもつれ込むパターンも増えていた。4勝3敗、3勝2敗というギリギリの防衛を続けているうちに、近い将来、自分が無冠に転落する日が来ることをに覚悟したに違いない。
羽生は藤井との非公式対局に敗れ、その非凡な指し方からこの新人が数年以内にタイトルを総ナメすることがわかっていたはずである。
入れ替わった立場
藤井が公式戦29連勝を記録した頃から気の早いマスコミは羽生に「藤井とのタイトルマッチが実現した時の勝算は?」というくだらない質問を浴びせるようになった。それに対して羽生は「彼と桧舞台で戦いたいという願望はあるが、その日が来るまで自分が今の実力を維持できるかどうかはわからない」と答えていた。
マスコミもファンもこの時点では羽生が無冠に転落することを考えていなかったと思う。彼らは藤井といえどもタイトルに手が届くまでには最低でも5~6年はかかると見て、藤井が挑戦者として名乗りを上げるまで、羽生がタイトルを守り続けることができるか否かと解釈したはずである。しかし、羽生が考えていたことはどうやら逆であったようである。
「時代の覇者を藤井に譲った後も自分がトップグループに残っていられるかどうかわからない」というのが羽生の真意であったと思われる。
マスコミはタイトルホルダーの羽生に新鋭の藤井が挑む戦いをイメージしていた。しかし、今期の王将戦は藤井に羽生が挑む図式である。
かつて羽生が「それまで私がトップでいられるかわからない」と語ったのは「三冠、四冠を維持していられるかどうかわからない」という意味ではなく、「たとえ無冠になっても、自分がそこから這い上がり、再びタイトル戦の舞台に戻れるかどうかわからない」という意味であったことを今頃になって理解した人は少なくなかろう。
新不死鳥伝説に期待
大山は49歳の時に虎の子の名人位を失い、第一人者の座を中原に譲ったが、ピークが過ぎてもトッププレーヤーとしての活躍を続けていた。なんと全盛期の半分近くまで落ちた棋力で当代一流棋士と互角以上に渡り合い、50代でタイトルを11期も獲得した。元の実力が他を圧倒していたので半分の力でもタイトルが取れるところに大山の凄さがある。
「不死鳥」とも呼ばれた大山は60代になってもタイトル戦に登場したり、公式戦で優勝した。69歳で亡くなるまでA級から落ちることもなかった。それどころか死ぬ間際でさえ、末期癌を患いながらも名人戦の挑戦者争いに加わっていた。
晩年の大山は「現役のまま永世名人に推挙された私は最低でもA級の座をキープすることが自分に課せられた使命であると思っている。私はA級から落ちたら即座に引退する。しかし、私の生きざまに希望を見出す人が多いと聞く。如何なることがあろうとも、私は絶対に引退しない(A級から陥落しない)」と公言して、その約束を守り通した。
もはやA級ではなくなってしまったが、元の実力が違いすぎるという点では羽生も同じである。羽生の低迷の原因がAI研究がもたらした序盤戦術の激変にあるとすれば、新感覚の将棋に慣れてきた今の羽生には期待が持てる。序盤、中盤をなんとか乗り切ることができれば、得意の終盤で羽生が競り負けるとは思えない。羽生が再びタイトルを取り、かつての大山のように新たな不死鳥伝説を作ることは決して夢物語ではない。
勝負の行方は?
藤井との対戦成績はかなり悪い。(羽生から見て1勝6敗)しかし、記者会見上の羽生には自信が感じられた。王将戦は持ち時間が長く、しかも二日制で行われる。一見、長丁場の戦いは体力的な面でベテラン不利のように思えるが実際は逆である。ミスの起こりやすい終盤に十分な時間を残しやすく、中盤の難所でも気になる変化を何度も読み直すことができる。
今、勢いに乗る羽生が開幕2連勝でもすれば、羽生の無冠返上はいよいよ現実味を帯びてくる。
今年度の羽生は過去の不調から完全に抜け出して、勝率も以前の7割前後に戻している。棋王戦でも挑戦を狙える位置にいて、渡辺棋王を脅かしている。(渡辺VS羽生の対戦成績は渡辺から見て38勝42敗。渡辺がこれほど沢山戦って負け越している相手は羽生だけ)
最強の挑戦者を迎え、八冠独占を目論む藤井も大きな試練に立たされた。

羽生が王将位に返り咲き、華麗な復活を遂げるのか? 藤井が老雄の最後の抵抗を振り切り、8冠ロードへの道を邁進するのか?
年齢差30を超える両者の決戦の火蓋は2023年1月8日~9日、掛川城(静岡県)にて切って落とされる。
リヴィエラ倶楽部
佐々木智親

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2022/11/23 (水) [勝負師の魂]
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